テニス部では全国優勝を果たして、青学の高等部への推薦も得た。 僕の人生は傍から見れば順風満帆を絵に描いた中学生に映るらしい。 無 我 夢 中 「一緒に帰れるかな?」 わざと軽い調子で尋ねた理由は別に目的がある素振りを見せたかったからだ。 都合が悪ければ他をあたる、その程度の誘い方が僕はベターだと思った。 含みを持たせたり気配を悟らせたり、そんなプレッシャーを彼女に与えることは僕としては不本意だった。 「え、私?」 「そう、私」 「やだな、もう不二くん」 気紛れな不二周助がなんとなく声をかけた、その程度の噂なら数日で消えるだろう。 3年生に進級してからやたらと僕は人の視線を感じるようになった。 英二と二人でいることで注目度が上昇するというのは乾の持論だ。 テニスをはじめとした然るべき場面で目立つのなら許諾すべきところだけど……正直、クラスの女子との事務的な連絡も一つ一つ世間からチェックされるような日々の連続は鬱陶しかった。 同じような状況でも、英二の場合は逆手にとって本命をカムフラージュする賢さを見出していたけれど、あいにく僕にはそこまで気を回す術も周囲に合わせる考えもなかった。 「えー、不二どこいくの? んでもってちゃんも一緒なわけ?」 「うん、OKもらえればね」 絶好のタイミングで英二が話に割り込んできた。 鼻が利くというか、英二は僕が動くとき、猫じゃらしを見つけた猫のような絡み方をする。 「ほえー、珍しい」 「何が?」 「いやぁ……ねぇ、ちゃんもそう思うっしょ?」 うん、と英二に促されて彼女が頷いた。 無理やり付き合ってもらうなど毛頭ない。 僕は余計なことを、という視線で英二の次の言葉を刺した。 「あ、そっかそっか。 手塚もそう言ってたよにゃ」 「そう……悪いけど。 いいかな?」 さも手塚からのトップダウン、という空気を僕らは漂わせた。 伝書鳩のような僕と英二は”手塚の遣い”の名演技だ。 薄く目があった英二は満面の笑みでピースマークまで作っている。 一年もクラスメイトでいれば互いの大抵のことは理解できるようになる。 に対する僕の想いを英二には伝えてはいなかったけれど、彼はどうやら僕の恋路を心配してくれているようだった。 ウインクでも飛び出しそうな得意顔でのエールに僕も笑みで応えた。 ホームルームのあと、それぞれの部室に顔を出したのち、僕らは校門の手前で待ち合わせた。 部の引き継ぎの約束をしていたは僕より数分遅れての到着だった。 「ごめんなさい、不二くん」 「いいや、急がせてしまたのだろ?」 「と、いうより」 「なに?」 は心底おかしそうな表情で吹き出さんばかりだ。 ここに出向く直前、後輩に酷くからかわれたのだという。 「人を待たせていると答えたら、もう誰だ誰だってしつこくて」 「へぇ」 「誤解を解くまで時間がかかってしまったの。 ほんと、ごめんなさい」 地味な文化部だからすぐに”異性交遊”という名目になってしまうのよね、とはそのあと苦笑した。 「これで相手があのテニス部の不二くん、なんて口にしたらほんと、ぞろぞろ見学者が来ちゃったかも」 「まさか」 「ううん、冗談にならないと思う」 危なかったなぁ、とは息を整えて「お待たせしました」と改めて会釈をした。 僕はそんな彼女の律儀なところに救われる気分になる。 「それじゃ、行こうか」 「はい」 正門から通学路へと僕らは歩を進めた。 バス停まで数十メートル。 下り坂に身を任せてしまえば最寄り駅までなら歩いて20分ほどで辿りつくだろう。 「……あ、そういえば」 「なにかな」 「さっき、ホームルームの後、菊丸くんと、手塚くん?」 「……あぁ」 歩き出して数秒、は掌を叩いて思い出したと呟いた。 どうやら彼女は本気で集団下校のつもりだったらしい。 今度は僕が吹き出しそうになった。 その光景を頭の中に描けばちょっと遠慮をしたい構図でもある。 「さんは、人の話を疑わないよね、基本的に」 「そう、……かしら?」 「うん。 だから少し心配でもあるのだけど」 「……え?」 首を傾げたは僕の方を見た。 僕の横顔には解説も答えも書いてはいないけれど、には不機嫌そうな言い方で伝わってしまったのかもしれない。 ワンテンポずらして僕は彼女に目を合わせた。 「君がこの程度の僕の行動で勘良く先を読んでしまうような人なら、僕は魅かれはしなかったのだろうけど」 「……不二くん?」 「そろそろ……スタートを切りたいなって思って」 「スタート?」 ますます不可解だという声になったは「それは新たな挑戦、とか?」僕の言葉からそんな推測を返す。 「一つだけ、自分の気持ちだけではどうにもならないものがあるんだ」 「……えぇ」 「テニスなら練習をして戦略を立てて試合をして。 学習ならもっと的確に効率よく上手くやれる」 「はい」 「でも、……さんは好きな人、いる?」 単刀直入に僕は問いかけた。 プライバシーを極める扱いに難しい事柄をたとえ話のように尋ねる。 英二ならそれでも自然に振舞えるのだろうけど、僕の場合は唯の詮索好きなクラスメイトになってしまうだろう。 悪戯に人の本音を炙り出す、誉められた行為ではないのは百も承知だ。 「さんには、好きな人がいますか?」 「…………」 バス停の前で、僕らは向き合った。 沈みかけの太陽がの向こうで濃いオレンジ色を街に落とす。 「まさか、それを聞くために」 「あぁ」 「でも、どうして」 「言ったろ? スタートさせたいんだ。 君がいなければ……僕のスタートラインは決まらないし、”よーい”のピストルも撃たれない」 「…………」 「冗談にしなくていいと思う。 君の後輩なら僕は歓迎するよ」 緊張でいっぱいいっぱいになったの瞳が大きく瞬きをした。 は、と音になりそうな溜息が毀れる。 「好き、というよりも、寧ろ」 「うん」 「夢中になってしまいそうな人が居ます……目の前に」 ごう、と音を立てながら巡回バスがやってきた。 僕らを見つけた運転手はスピードを減速し停留所ぴったりでタイヤは止まった。 「行こうか」 「え、……えぇ」 僕はの手を引き、彼女が出しそびれた分もICカードで済ませればいいとそのまま後部座席を選んだ。 駅に着くころには夕日に追い越され早い夜が訪れるだろう。 「ほっとしたら眠くなってきたかな」 「え、不二くん?」 「フフ。冗談。でも、」 「……え」 交差点で右折したバスの揺れに乗じた僕は窓辺に席を譲ったの肩へと頭を置いた。 乗客は皆前を向いている。 どうしていいのかわからないの硬いリアクションが愛おしい。 「大丈夫」僕は彼女の手を握り直して耳元へ「同じだから」と囁いた。 「僕も好き、と言う以上だから」 「不二くん?」 「無我夢中だよ……断られたら、って考えないようにしていたくらい」 テニス部では全国優勝を果たして、青学の高等部への推薦も得た。 僕の人生は傍から見れば順風満帆を絵に描いた中学生に映るらしい。 それでも、物足りない気持ちのありかは随分前から感じていた。 そして、それはたった一つの微笑みで解決することも探し当てた。 僕が欲しかったのは……こんな風に抱きしめたいと思うという存在だった。 「周助、ねぇ周助……終点よ?」 「……分かってるよ」 「え?」 「ふふ。 やっぱり君の隣は寝心地がいいよね」 もう、と頬を膨らませたの肩から僕は頭を起こし「ごめん」と軽く謝った。 と付き合い出してから僕は何度かこんな風に甘えたことをしでかし、そのたびに彼女は恥ずかしい想いをしてきたらしい。 「もう周助ったら子供みたい」 「確かにこのバスに揺られると条件反射かな? 少し退行するのかも」 「ええ!?」 「あはは、冗談だよ。 本当には話を真に受けるよね」 彼女と共に放課後を過ごしたあの頃がフラッシュバックするような秋晴れの日曜日、僕らは青春台に居を構えた。 あれから片手で足りない年月を数えたけど、僕は相変わらずだけに無我夢中だ。 end by 千春 いつも素敵な企画をして下さる森綾瀬さまへお礼として捧げます。 出来る限り甘いお話にしたかったのですが……糖分が足りていることを願いつつ♪ お読みくださいましてありがとうございました。 【オペラグラス】千春様からいただきました。 企画のお礼によろしければお話を、というお言葉に甘えさせていただきましたv 千春さんの書かれる学生らしいお話が大好きなので、「不二くんと学校帰りに寄り道」という漠然かつわがままリクエストをさせていただきました。甘さが心地よく幸せなドリームをありがとうございますvv BACK |