『今日の約束、キャンセルさせて下さい』 らしくないその文面に、不二はふっと眉を寄せた。 cold 某日、青学オフ。 不二は待ち合わせの場所で、腕の時計を眺めていた。 「……遅いな」 いつもなら、待ち合わせ時間よりずっと早く来ているはずの彼女が、今日はまだその姿を現さない。 電車が遅れているとか理由は色々考えられるのだが、その場合は必ず連絡をくれるのだ。 尤も、まだまだ待ち合わせ時間にはなっていないので、“遅い” という言葉は当てはまらないのだけれど、如何せん どうにも彼女らしくないのでつい口から出てしまったといったところか。 「っと」 聞こえる曲は携帯から。 すぐにと分かるように、彼女専用の曲が鳴るようにしてあるそれが耳に届いて、不二は少しホッとした。 が。 「……」 開いた携帯に届いた文字は、これまた非常にらしくない。 思わずアドレス確認し、それが確かに彼女からのものだと分かると不二は 「?」 と首を傾げ――しばし沈黙。 やがて何かに思い当たったのか、不二は携帯をしまうと足早にその場を立ち去ったのだった。 * * * * * 「不二先輩、怒るかな…」 枕元に携帯を置きながら、はぁと吐いたの息は熱い。 久し振りのオフ。 ずっと見たかった映画に行く約束を不二として――ちなみに、と行く映画権を彼が壮絶な戦いの末手にしたこ とを、彼女は知らない――それを何日も前から楽しみにしていたというのに、何故当日の朝になって熱など出すの か、自分は。 「休みの日に限って風邪引くなんて、体調管理がなってない証拠だよ…」 練習試合の前や勿論日頃からも、体調管理には気を配ってきたはずなのに、嬉しさのあまり気が緩んでしまったの だろうかと思うと情けない。 はもう一度ため息をついて、ゆっくりと目を閉じた。 インターフォンを押そうとして、不二はふと手を止めた。 もしかしてという思いと、まさかという思いがしばし頭の中を駆け巡ったが、それも数秒のこと――ボタンを押す前にド アノブに手をかけると…。 「…開いてる」 無用心だとは思ったが、それが却って自分の予想通りだと確信させた。 そーっと玄関に入り、物音を立てないように靴を脱ぎ、しかし最低限の礼儀として、 「お邪魔します」 と小さな声で 言ってみた。 勿論、返ってくる言葉はない。 「大人しく寝てる、かな…」 だといいけど。 平気で無理をするが可愛くもあり厄介でもあるが、そんな彼女がキャンセルの連絡をしてきたくらいなのだから 本気で調子悪いのだろう、無理も出来ないほど。 そう思い直して、不二はゆっくりとの部屋へと足を向けた。 「ん…」 なんだか一瞬、ヒヤッとした気がしては身動ぎした。 思っているより熱が高いのだろうか…だが、体温計を取りに行くのも億劫なのかそのまま目も開けなかった。 「ちょっと高い、か…」 「……?」 「ごめん、起こしちゃったかな。 何か飲む? 喉渇いてない?」 「……」 誰の声だろう。 聞き覚えのある声に、はほんの少し目を開け――そして、かっちんと固まった。 「や」 「……」 「平気? 熱測った?」 「……不二、先輩?」 「そう、僕」 「なっ……!」 何でここに、というの言葉は声にならなかった。 がばっと起き上がろうとしてくらりとよろめき、そのまま不二に抱きとめられたからである。 「いきなり起きちゃ、ダメだよ」 「う〜」 「ほら、ちゃんと寝て」 「あ、あの、不二先輩」 「うん?」 「な、何でここに」 「今日は君と約束してたと思ったけど」 「それは、そうなんです、けど」 「だから、かな」 いつも通りの笑顔と口調に、は一瞬納得しかけたが、すぐに違う違うと首を振った。 「そ、そういうことじゃなくてですね」 「今日一日、僕に付き合ってくれるって言ったの、ちゃんだよ」 「ですから、それはその、キャンセ」 「僕、そのメールに “了解” って返事したっけ?」 ニコニコにっこり。 やんわりと、でもしっかり押しの強い不二に返す言葉が何も浮かばず、は口をパクパクさせた。 「どうせメールをくれるなら、 “熱が出ました。 すぐに来て〜” とでも書いてくれれば良かったのに」 「そんなことは…」 「まあ、逆にそう書かれてたらちゃんらしくなくて、ビックリすると思うけど、ね」 だが、驚きはしても駆け付けずにはいられないだろうと不二は笑う。 現にこうやって彼女の部屋まで来ているのだ、ただ、素直に甘えてくれればいいのにと心の底から思うけれど。 「ほら、ちゃんと寝て」 「はあ…」 「困った時はお互い様、頼る時はきっちり頼る」 「でも…」 「僕とちゃんの仲で、 “でも” はなし。 何か食べた? 食欲はある?」 ゼリーとか色々持ってきてみたんだけど、と袋を探る不二をはしばらくボケーっと見ていたが――。 「不二先輩…」 「うん?」 「あ――」 言いかけて、しかしはふっと口をつぐみ。 何を思ったのか、急に布団を頭まで引っ張りあげてしまった。 「ちゃん?」 「あ、あの」 「?」 「あ……」 ちらり、と目の辺りだけ布団から出して、が蚊の鳴くような声で言った言葉は。 「……ゼリー、食べたいなーなんて…」 それを聞いた不二は、目をぱちくりさせ。 やがて顔一杯に満面の笑みを浮かべると、 「分かった」 と言った。 嬉しかった。 いつもいつも、決して素直には甘えてくれないが、僅かにもらした言葉が。 もしかしたら、ただ単に思ったことが口から出てしまっただけかもしれない。 もしかしたら、あまり断っても悪い…と気を遣っているだけなのかもしれない。 そうだとしても。 この一言は、大きな前進だと思うのだ――だって、こんなにも些細なことがこれほど嬉しいのだから。 「はい、どうぞ」 「……」 起き上がったが差し出されたスプーンを見て、ぴたりと動きを止める。 不二はといえば、ニコニコと実に幸せそうな笑顔を浮かべて、「さ、食べて」 と言わんばかりに小首を傾げたりなんか している。 「あの、不二先輩…一人で食べられますから…」 「遠慮しないで」 遠慮じゃなくて、恥ずかしいんだけどな〜。 頬を染めて、どこか困ったようなの顔が、明らかにそう言っている。 しかし、不二としては何だかもう妙に嬉しくて、いつもなら 「こういう顔がまた可愛いんだよね」 などとちょっぴり――い や、かなりだろう――意地悪く苛めてしまいたい自分をちゃんと自覚しているのだが、今回それは全くなかった。 単にひたすらご機嫌なのだ、彼は。 落ちちゃうよ、という不二の笑顔にどきり、との胸が高鳴る。 こういう笑顔は見慣れているはずなのにどうして? と、内心焦るやら困惑するやら――しかし、本当に落ちてしまい そうなことに気付くと、意を決して口を近づけた。 甘い冷たさがするりと喉を通過する、その感触がとても心地よい。 しかし……やはり恥ずかしいものは恥ずかしい! 「あ、あの! 私、やっぱり自分で食べますから!」 「ダメ」 一刀両断。 0.5秒で即答されてはまた、かぁーっと赤くなった。 ふ、不二先輩や菊丸先輩ってほんっとにこんなことしてもらいたいの!? 風邪を引いた時になど、さり気なく要求してくる輩を思い浮かべてはブンブンと首を振った。 無理無理、ぜーーーーーったい無理! 「ちゃん?」 「いや、あの…」 「…熱上がっちゃったかな? 顔赤いよ」 「い、いえ。 大丈夫、デス…」 「食べられる? 無理しなくていいからね」 「ハイ…」 徐々に声の小さくなるに、不二は 「?」 と首を傾げた。 意識してやっている時の笑顔が彼女を赤面させるのは勿論のこと、今回はそれが無意識ものなのだからたまったも のではない。 熱を出した時なんかは妙に心細くなってしまって。 きっと、それを察してこうやって来てくれたであろうことが、本当に本当に嬉しかった。 こういう時は自分だって甘えて欲しいと思うから、だからちょっぴり甘えてみてもいいかな…などとつい思ってしまったの だが――。 やっぱり、私には無理だ! 「あ、あの、もう寝ます…」 「うん」 「……不二先輩?」 「うん?」 「あの…」 「心配しなくてもずっと側にいるから」 「え! い、いやその、そういうことじゃなくて…」 「ほら、目瞑って。 ちゃんと休まないと治らないよ」 ニコ、と微笑まれての心臓がまた跳ね上がる。 先程からばっくんばっくんとうるさかったのだが、それは治まるどころか酷くなるばかり。 側にいてくれて嬉しいのに、安心しているはずなのに、落ち着きを取り戻すどころではなくなってしまった。 そんなの内心を知ってか知らずか――今回ばかりは分かっていないだろう、珍しく彼に他意はないのだから ――不二はそっと布団をかけ直すと、少しを覗き込むようにして言った。 「寒くない?」 「は、はい、平気です」 「じゃあ、ゆっくり休んで――お休み」 「っ!?」 ふわりと頬に感じる柔らかい感触。 は一度は閉じた目を、思わず勢いよく開けた。 ――そこにいるのは、いつも通りの不二…の、はずなのだが。 きょ、今日の不二先輩、いつもと違う…? 何、どうして!? ぐるぐると頭の中を 「?」 が回って、混乱する。 答えをくれそうな人は、ただ目の前で優しく微笑んでいるだけ――それがまた一層を赤面させ。 熱のせいなのか不二のせいなのかどんどん熱さを増す頬に、ふっと優しく手が置かれて視線を彼に戻すと…。 「お休み…」 言葉と共に、もう一度頬に感じる優しい熱。 柔らかいその微笑を間近に見て、はついに考えることを放棄したのだった。 Ah...I got stage fright! *--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--* 【A.M.Plus】の影井紗綾様からドリームを、ドリームに合わせたイラストをyury様から 暑中見舞い返しの残暑見舞いをいただきましたv すごい豪華で幸せ過ぎる…! 大切にさせていただきます。ありがとうございます♪ BACK |