「ねぇ周助。 また”あの子”来てるわよ?」
「あぁ。 シューズが玄関にあったからね」

コンビニでお茶を購入して持参するからと、僕の返事を待たずに走り出した後ろ姿は、迷いなく本日も僕の自宅に辿りついていた。 




癖のある奴




2週間前、僕らは中学3年生に進級した。 青春学園3年目のクラスは6組。 顔馴染みは1,2学年の時にクラスメイトだった数人と、同じ男子テニス部に所 属する菊丸英二くん。 テニス部には同学年のメンバーが僕を含めて10名近く居るから、誰かと同じクラスになる確率は高い。 手塚か、大石か、それと も……そんな思考を遮ったのは明るい声だった。 

「不二は14番だね!」
「え?」
「俺は不二と同じ3年6組で、7番。 テニス部のよしみで、よろしくにゃっ」

張り出されたクラス一覧表を見やった瞬間、僕は菊丸くんに肩を叩かれ、望む前にポジションを知らされた。 

「……そう? 今年は菊丸くんと一緒なんだね」
「あれ? 若干気が進まない感じ?」
「どうして? そんな風に見えるかな」
「いやぁ。 なんとなく笑顔が違うかなーって。 へへっ」

始業式以来、僕は目の前の新しい”友達”に少々翻弄されている。 これまで2年もの間、ほぼ毎日放課後はテニス部で同じ時間を過ごしてはいたけれど。 部 活と学習の時間とでは、やはり関係性は異なる。 座席も隣同士ということで、僕らの会話は格段に増えた。 目に入ったものや思いついた事を片っ端から言葉 にして表現する菊丸くんは、体育と数学の授業以外だけ、気持ち大人しい。 体育で身体を動かせば、そちらに集中する分口数は減るし、数学はテニス部の顧問 である竜崎先生が担当であるが故、奔放に振舞えない。 授業中のペナルティはしっかり部活の時に課せられるからだ。 そんな菊丸くんは、只今連続5日間、 僕の家に立ち寄っている。 新入生の仮入部期間は、本格的な部活の活動にはならない。 まだ日が高い時間帯の解散は、”寄り道”への好条件だ。 大石の自 宅以外には遊びに行ったことがないと言う菊丸くんを「だったら来てみる?」と、僕が誘ったのが始まりだった。 けれど、まさかそれが毎日続くとは予想外。  どうやら菊丸くんにとって僕の自宅は、彼の興味を刺激するものが多く存在するらしい。




「あ、不二。 おッ先ぃ。 外で待ってるって言ったんだけどさ、不二のお姉ちゃんが”入って”って」
「うん。 菊丸くんのこと、声も覚えてたんだね」
「そりゃこー栄! あ、不二はペットボトルの緑茶が希望だったよにゃ。 ほい、どーぞ」
「ありがと。 ごちそうさま」
「うんにゃ。 そんでさ、これって……サボテン?!」

今日、彼の目を引いたのは僕の部屋で暮らすサボテン達だ。 来訪初日は、多くの時間を何故かリビングで過ごした。 菊丸くんは、由美子姉さんが焼いたラズ ベリーパイや母親がこねていたカンパーニュの生地に目を見開き、主に女性陣と質疑応答していた。 クラスメイトの家に遊び来て、まず家族とコミュニケー ションをとる子供も珍しいと、その夜母親は珍しく僕に、菊丸くんの人となりを尋ねた。 僕は「見た通りだよ」と答えるしかない。 母親や姉さんからすれ ば、僕は菊丸くんの事を良く知っているかもしれないけれど、僕としても、まだ彼の全貌等、分かるはずもないのだ。

「あぁ、ご名答。 サボテンだよ」
「棘ないのとか、へぇ。 色々あるんだね」
「可愛い?」
「へ? う、うん。 多分?」
「この子たちはね、人の話が分かるんだ」
「え、マジ?!」
「あぁ。 きちんと心を込めて話しかければ、受け止めてくれるはず。 菊丸くんも……」
「いよーし。 んじゃこの子、ええと、何子ちゃん?!」
「あはは、名前は無いよ」
「そっか。 は、はじめまして! 俺は……」

どこまでが本気なのか、酷いお調子者なのか……? 菊丸くんは意気揚々と手のひらサイズの鉢植えを持ちあげ、言葉に合わせ顔を動かす。 額に棘の先端が僅 かに触れ「ひぃ」というリアクションが聞こえる。 彼が僕の部屋にやってくると、どこかサボテンたちも張り切っているような気さえしてくるから不思議だ。  来訪二日目からは自室のアイテムに、菊丸くんは目を輝かせた。 ジャズのレコードとオーディオセット、ロッキングチェア、パソコンには恐る恐る触れよう として止めていた。 壁に掛けてある写真の撮影主が僕だと話したら、驚愕のあまり菊丸くんは数秒無呼吸になり、そのままバタリと行くのではないかと僕も少 し焦ったものだ。

「……あ、今日は姉さんがカレーを作るって言ってるけど、食べてく? 菊丸くんは」
「え! あーでも、それってご飯だし。 悪いでしょ」
「あはは! 菊丸くんでも遠慮するんだ」
「ええっ 俺って、どんな風に見られてる訳? 不二の中で」

「酷くない?」と菊丸くんは手にしていた”ルリコウ”に僕の発言を嘆く。 ルリコウから慰めの言葉が返ってくる前提で耳を澄ますポーズをする。 本当に……愉快なクラスメイトだ。 僕は再び笑い声を上げた。

「それじゃ、カレーパンにしてもらおうか。 それならおやつで済むよね?」
「ほえ? そ、そんな。 お手間かけて……」
「いや。 菊丸くんの家の事情もあるし。 パン作りは彼女たちの趣味だからね」

オーダー変更を伝えに階下へ向かおうとすると、菊丸くんは慌てて立ち上がった。

「なんか、俺。 迷惑?」
「そんな事、言ってないよ」
「ん。 そうだけど……宜しく、伝えてにゃ。 お母さんたちに」
「うん、ちょっと待ってて」

菊丸くんは、存在自体が天真爛漫だと思う。 そして案外、適当でもない。 玄関の靴は必ず振り向き揃える。 筆記具ではシャープペンシルより鉛筆を好み、 それらは綺麗に削られている。 クラスメイトの顔と名前は誰よりも覚えるのが早かった。 掃除をさぼることはあるけれど、日直の時はペアより先に教室に到 着するために、テニス部の朝練を早めに切り上げていた。 根っこの部分で嘘をつけない……そう言う人ではないかと、僕は思い始めていた。

けれど、事件はそれから2時間後に起こっていたのだった。

「お邪魔しました! 不二も、またね」
「また明日。 気をつけてね、暗くなっちゃったから」
「大丈夫ぃ! 走って帰るし。 じゃぁねぇ」

不二家でも何度もない登場となったカレーパンを頬張った僕らは、宿題を揃って終えたタイミングで、手を振った。 菊丸くんが遊びに来ると、それだけひとり の時間がぐんと減る。 普段ならきままに音楽を聞いたり、カメラの手入れをしたり……サボテンを観察する静かなひと時を、ここ数日僕は確保できなかった。  なんとはなしに僕は、菊丸くんが戻し損ねた愛用品を整理しようと思い立った。 微妙に配列が変わっているLPジャケットや、少し傾いてしまった写真たて を直す。 そして……。

「あれ?」

少し前まで菊丸くんが仲良くなろうと試みていたルリコウの隣、“白獅子”に、僕は違和感を感じた。 そっと持ちあげると根の部分がやや不安定になっている。

「……ひっくり返った?」

丁寧に土などは戻されてはいるし、傷なども見当たらない。 由美子姉さんに訴えても、恐らくどこに変化があるのか、分からないだろう。 その程度の事だ。  それでも……僕は、マイナスな感情を強く覚えた。 何故動かしてしまったことを、菊丸くんは僕に報告しなかったのだろう。 彼が、そういった悪戯をする とは思えない。 故意でないのなら、余計に、どうして……。 

「どうしたの、周助? 外跳ねくんと喧嘩でもしたの?」
「え。 別に。 そんなんじゃないよ、姉さん」

その夜の食事は、菊丸くんへの疑念で一杯の僕は、酷く無愛想な相槌しか打てなかった。




翌日。 僕は朝練の時から、菊丸くんと話す機会がなかった。 大石とのダブルスに集中していた菊丸くんは、最近の短縮部活のせいか、少しミスが多かった気 もする。 普段なら、なんとなく同じタイミングで部室から6組への移動となるのだけれど、僕はそこで乾を捕まえ雑談をした。 僕の様子を窺っていた菊丸く んは、直ぐに諦めたらしい。 2年生たちとツルムように肩を組み、部室をあとにした。

「少しべったりが過ぎて、辛くなってきたのか? 不二」
「え。 そんなんじゃないよ」
「正反対の性格に見えて、案外お前たちは共通点があるからなぁ」
「どういうこと?」
「究極のマイペース。 なのに、気にしぃな所」
「へぇ、乾は僕たちの……」
「菊丸。 あいつは”何となく”じゃ真逆に行きかねないぞ。 あれで案外知恵を働かせるからな。 少々面倒だが、ある程度理解しあえれば、とても過ごしやすい相手な筈だ」
「それは僕にとって?」
「あぁ。 水と油とは言わないが。 少なくても共倒れにはならない。 個性派同士の化学変化は、傍からすれば”期待大”な可能性でもある」

乾が言うのは、テニス選手としてなのか、一・友人としてのアドバイスなのか。 乾に指南されなくても僕は僕として菊丸くんには、問いただそうとは思っている。 

「まぁ、あまり悩むな。 ディスカッションすれば大抵のことは解決するだろう」
「……大石、」
「悪いな。 英二の奴、相当に不二と仲良くなれて嬉しいんだろうな。 無邪気が過ぎるって俺から一言言っても……」
「いや、いいんだ。 これは僕と英二のことだから」
「あぁ、そうだな」

僕と乾の会話は聞かなかったことにすると、大石は苦笑した。 これはクラスメイトとしての問題。 テニス部に持ち込んではならない。 僕はやはりはっきりさせるべきだと、決意した。 ところが……。

「え!?」
「あれ、不二は聞いてない?」
「部活は普通に出てたけど」
「どうやら急な腹痛で保健室……これは早退になるのか。 菊丸、ホームルームに出てないんだよな」

教室に入ると委員長が僕に詰め寄ってきた。 本当に菊丸くんがテニス部の朝練に出席していたのか、僕に確認をとってきたのだ。 彼の報告によれば、菊丸く んはもう学校には居ない。 そういえば昇降口の下駄箱に”菊丸”と名のついた上履きが置かれたままだったことに、僕は僕で少し遅れて驚く。

「不二は大丈夫か? 腹痛くない?」
「え。 う、うん。 ……今のところは」
「っぷ。 おいおい。 なんだか似てきたな」
「え?」
「最近ずっと一緒だろ? 菊丸と。 去年より不二は明るくなった気がするよ」

委員長の悪気ないコメントに、僕は真顔になった。 気に障ったと思ったらしい彼は、怪訝そうに首を傾げる。

「僕が、変わった?」
「楽しそうに見えるかな。 去年迄の不二は、静かな奴って印象が強かった。 今は菊丸といつも馬鹿やってる感じ」
「そう……わかった、菊丸くんは早退だね」

話しを切った僕は机に向かう。 当然ながら隣人は不在だ。 

「カレーパンがいけなかったのかな?」

その日の僕は、本当に久しぶりに。 喉が乾かない一日を過ごした。




「ごめん、結局大石に頼っちゃったね」
「いや、こんなことしか出来なくてすまないよ。 あ、英二の家はご両親ではなくて、おもに一番上のお姉さんが……」
「家族が多いってのは聞いてたけど」
「あぁだから、……結構いじられるぞ? 不二も」
「そうだね。 覚悟して行くよ」

その翌日も、菊丸くんは学校を欠席をした。 僕は数名のクラスメイトから、英二は仮病ではないかと冗談を振られ、その度に首を横に振った。 菊丸くんへの 質問であれば、彼に直接コンタクトを取ればいいのに、何故僕に話を振ってくるのだろう? 少し不可解だった。 僕は彼のマネージャでもなければ、伝書鳩で もない。 クラスメイトでクラブメイト。 偶然、二つ縁が重なっただけだ。 そんな疑問を何度か心の中で繰り返した。 自宅でも菊丸くんの連続訪問が途絶 えて二日で、母親も姉さんも、僕の口から菊丸くんの言葉が出るのを待っているような雰囲気だ。 何より、僕自身。 彼を問いただす……菊丸くんに向き合う 前に肩透かしを食ったままで、調子がでない。 僕は菊丸くんの自宅を知っている大石に簡単な地図かいてもらい、休日の日曜日、彼の住む街を訪ねることにし た。




「…………え」
「やぁ。 色々プリントとか、持ってきたよ」
「あ、今日俺留守番で」
「そう。 だったら上がっていいかな?」

菊丸くんは、まだ本調子ではなさそうで、部屋着にジャージを羽織っていた。 外の風に鼻がむずむずしたらしく、くしゃみを二つする。 「どうぞ」と招かれた玄関の扉を閉めると、北側のそこは一瞬視界が暗くなった。

「あ、そのまんま階段上がって一番奥の部屋。 今、お茶持ってくから先行ってて」
「うん。 僕が運ぶよ」
「あはは、気持ちだけ貰っとく。 俺んち階段狭いから、多分不二だと零しちゃう」
「……」
「あれ? 真に受けるなっての。 ジョーダンジョーダン」

うまく笑えないまま、僕は菊丸くんの指示に従った。 たった二日振りなのにとても久しぶりの再会のような気がしてくる。 菊丸くんは相変わらずの受け答え だけれど、僕の顔を見た瞬間、丸くなった目はいつもの彼より驚きが強かった。 バツが悪そうに見えたのは、僕の表情がこわばっていたせい、かもしれない。

「あー、散らかってるっしょ。 しかも兄ちゃんと同じ部屋だから、超狭いし」
「いや。 楽しそうだなって思ったよ」
「えー! 目が散ってしょうがない。 あ、それ、大五郎っていうんだ」
「……熊かい?」
「おおう、すっげぇ。 よく不二分かったね! さっすが。 大石なんて真剣に悩んでたもんなぁ」

僕は取り急ぎ、学校から預かってきた配布物を菊丸くんの机の上に置いた。 カラフルなシールが目につく。 菊丸くんが淹れてくれたのは紅茶らしい。  「ティーパック嫌だった?」と確認され頷くほど、僕もひとでなしではない。 有り難く頂くと、予想よりずっといい香りがした。

「あのさ」 「菊丸くん」

僕らは同時に声をあげた。 カウントを合わせてもここまでぴったりにはいかないくらい、声が重なった。 思わず互いの顔を見やると、二人とも仲良く……示し合せていたような苦笑いだ。 僕は息を一つ吐いて、「いいかな」と話しを切りだした。

「僕が今日ここに来た理由。 明日を待たずに今日。 何故かわかる?」
「……なんとなく、わかるかにゃ」
「この前。 僕の部屋に菊丸くんが遊びに来た時。 僕に言い忘れている事、ない?」
「ある」
「……そう、」

「大石に怒られた」と菊丸くんが肩を落とす。 僕は「え!」と彼より数倍大きな声を出していた。

「大石に? どういうこと?!」
「や、だから。 詳しくは言わないけど。 不二を怒らせるような事をしてないか? っていうような、さ」
「……」
「あ、大石は最初は俺のお腹の具合を聞いてきて。 で、俺もなんか苛々してて、適当に電話切ろうとしたから、大石もカチンと来たんだと思う。 そういう曖 昧な態度をとるから不二も……って、それ以上は言わなかったけど。 俺、変なタイミングで学校早退したし。 やっぱりそうかな、って」

そもそも僕は     。 目の前の菊丸くんの何にこれほど拘っているのか。 改めて思い返してみる。 ほんの1か月前まで、中学2年生ま では。 僕は菊丸くんとはつかず離れず、良いクラブ仲間の一人として関わっていた。 僕と菊丸くんはテニスのプレイスタイルも違うし、体格も性格も血液型 も、共通点はなかった。 どちらかと言えばクラブでも僕は手塚や乾と話すことが多かったし、菊丸くんは同学年でも後輩でも話題さえ合えば、誰かれ構わず話 題を振っていくタイプ。 僕らは、正面から向き合う必要がなかったのだ。 

「僕ね、こんなに一人のために時間を費やすの、他にないって。 今そのことに、疑問があってしょうがないんだ」
「ほえ?」
「どうして、僕のサボテン。 ひっくり返したってこと、すぐに言ってくれなかったの? 僕が怒ると思った?」
「え、あ。 いや、……うん。 なんか言い出しにくかった。 不二んちの物、すごく高そうだったし。 大事にしてるのも分かってたし……その、」
「なに?」
「それで、立入禁止になったら嫌だな、って。 折角同じクラスになって仲良くなって、家まで遊びに行けるようになって。 友達になったのに。 そう言うの、ちょっと嫌だなってさ、」
「……」
「で、でも! やっぱり良くないから謝ろう! て思ってさ。 考えたんだよ、どんな風にって。 だってさ、俺。 よくよく考えたらさ、そういうの不慮の事 故って言うの? 結構全面的に見逃して貰ってたって言うか。 俺末っ子だし一方的に叱られることはあっても反省文まではないし。 だから、その、混乱し ちゃって……腹壊した」

「情けないにゃ」とぼそりと呟いた菊丸くんは、自身の腕で身体を巻くように小さくなった。 僕は多分今、目がつり上がったままだろう。 僕もとても自分が情けないと思う。

「いいよ、聞くよ。 菊丸くん」
「え」
「謝って」
「ん……。 ご、ごめん! その、大事な宝物? 傷つけちゃって」
「そうじゃない」
「え?」
「サボテンもそうだけど。 僕が言いたいのは……」 

菊丸くんはお腹を壊したけれど、僕も一つ。 破れたものがある事を、この時僕は痛いほど認識した。

「僕たち、友達なんだよね? だったら誤魔化さないで。 失敗してもしらばっくれないで。 僕は、キミに信用されてないって。 それが一番残念だったんだ」

言い切った僕は、少し冷めたレモンティーを飲みほした。 心臓が早く動いているのは、気のせいだろうか。

「……俺。 また、不二んちに遊びに行ってもいいかな?」
「え」
「今度は、俺もなんか持っていくから!」
「え?」
「不二んちは動物駄目なのかな? オウムとか。 面白いよ、不二の声とか覚えるかも知んないし……」
「オウムはちょっと」
「そっかぁ……」

誰かと向き合う事は、パワーが必要だ。 自ら喧嘩をしたい人間ではない僕が、苦言を呈することは、やはり得意な分野ではないとも思う。 目の前で”がっかり”を絵に描いたクラスメイトは、次の策を練るべく「うーん」と軽く唸っている。 

「いいよ。 次も僕が英二のうちに来るから」
「えっ」
「英二は1週間近く僕のうちにやってきたんだから。 オウムはそれくらい通えば、何か言葉を覚えてくれるの?」
「……あ、う、うん。 オウムによると思うけど。 や、今、不二」
「なに?」
「俺の事……”英二”って」
「間違ってる?」
「ううん。 俺は菊丸英二だから……大正解、だけど」

同じクラスになって来週で1カ月になる。 これまでで一番驚いた顔になった菊丸くん……もとい、英二は、僕の顔をまじまじと見る。 「怒ってじゃないよね?」と言う彼は乾が言う通り、案外”石橋を叩いて渡る”タイプなのかもしれない。

「あはは。 言いたいこと言ったら、急におなか減っちゃった」
「あ、じゃ、俺。 作る!」
「え。 作れるの? 英二」
「あれ? 俺、話してなかったけ? 卵料理なら得意だよん。 ……って、不二はオムレツ食べれる人?」
「うん、食べれる人」
「いよーし、それじゃ、ええと。 ”大五郎”と遊んでて。 おおう、いい感じじゃんっ」

いつもの調子に戻った英二は、大きなクマのぬいぐるみを僕に押し付けるように渡し、そのままバタンと部屋のドアを閉めた。 階段を軽快に下りると同時、少 しの振動が伝わってくる。 僕は見合った英二の友達と挨拶をする。 英二が僕の部屋のサボテンにしたように「はじめまして」と、軽く頭を下げてみる。 

「あはは……」

僕は至って真面目に、それでいて酷くばかばかしい気持ちで笑う。 初めて訪れたクラスメイトの部屋で、初対面の友達の所持品にカルチャーショックの類の刺激を受ける。 僕の世界は愉快な友達のお陰で少し、その癖も広がっていくのかもしれない。

「調味料って他にあるかな?」
「え。 醤油、ソース、それとも……」
「うーん。 タバスコと、それから……」
「これ、オムレツだよ?」
「うん」
「ケチャップじゃないの? 普通」
「僕の好みは、英二の普通とは違うんだ」
「……や。 そういう問題?」
「次は持参するよ」
「なんか、釈然としないにゃぁっ」
「あぁなくなっちゃった、タバスコ。 明日買って返すね」
「えー! 学校の購買に売ってないっしょ」
「そしたら、姉さんに頼んでおこうかな」
「……りょーかい。 明日は俺が不二んちに行けばいい? タバスコ貰いに」
「うん。 僕は、タバスコなら緑色の方をお勧めするけど」
「なんか可笑しくない? この会話!」
「そうかな?」

”フフフ”と思わず僕が笑うと、馬鹿にされたと思ったらしい英二は報復のつもりで「えい!」と僕のお皿からひと口、スプーンでオムレツを掬いあげた。 悲鳴が上がったのは1秒後。 舌の反応の良さは、彼のアクロバティックプレーに通じる。

「かっらー!! 水、水っ」
「水飲むと、もっと辛くなるよ」
「え、そういうの先に言えっての。 なんだよぅ……っ」

うまく口のまわらないグッドフレンドは、僕を楽しくさせる天才かもしれない。












end by 千春


36
We are just good friends


  
  
  

36仲間の千春さんより、36友情企画のお話をいただきましたv
不二くんバースデイアルバム【Just Good Friends】を聴きながら読むと最高です。


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