「ナイスファイト、越前!」

対戦相手と握手をしようとした時、とても懐かしい声が聞こえた気がした。 もちろん目の前のライバルは声の主より遥かに身体も大きく、日本語など喋らないイギリス人だ。

"Nice fight!"

俺の言葉に長身の世界ナンバー4プレイヤーは、納得したように微笑む。 互いの健闘を讃える掌の感触からは、別のシーンが蘇る。

「凄いね、キミ」
「この人強い……というより、巧い!」

雨の中のサスペンデッドだった。 あの校内ランキング戦の行方は藪の中。 決着のつかないそれは、数少ない俺のエンドマーク知らずの思い出だ。

"Hey,Ryoma!"

ラケットをバックへしまい、タオルを肩に掛ける。 飲みかけのドリンクにキャップをし、帽子のつばを前後逆に直す。 ふぅ、と息をつくとスタンドからは、身近になって半年経過した専属コーチが俺の名を呼んだ。

”Nice game, nice fight!”

一方的なスコアで終わった試合でも、満員のスタンドからは拍手が鳴り響く。 日本人として親父以来、十年単位で記録を塗り替える俺は、そこそこの注目を浴 びるようになった。 東洋人が欧米主流のスポーツで頭角を現すことは、母国よりも世界の認識の方が強い。 ある意味、世界規模で応援されるのがテニスのい いところだ。

”Thanks!"

本当は勝利をして高々と手を挙げたいところだけれど。 敗者に対するエールを今は甘んじて受けとめる。 チャレンジャーとしての俺は、それなりに観客へテ ニスの楽しさを伝えられたらしい。 勝負と同じくらい、パフォーマンスに対するジャッジを心得ている四大大会のメインスタンドは、日本からやってきた小さ な侍、を歓迎してくれている。

「まだまだだね」

懐かしいセリフを、誰へとなく告げる。 360度を見渡し、感謝を示し、コートを去る。 炎天下のセンターコートから暗い通路へと急に変化するコントラストは、まさにテニスの明と暗。 俺は次の明るい場所のため、足元を見据え走り出すしかない。




みんなのスター




「こんにちは。 日本から来ました。 ○○社の不二周助といいます。 よろしく、越前くん」

個別インタビューの3番目に登場した、かつての僚友に俺は目を丸くした。

「……どうぞ」
「まずは第1セットの第6ゲーム。 ラブフォーティからブレイク出来なかった場面ですが、」
「はい」
「やっぱりコードボールかな? 分かれ目は」

数秒間、目が合う。 

「狙ってだね、越前」

雨音にかき消された先輩の鋭い声が、記憶から飛び出してきた。

「ドロップに磨きがかかった気がするけど」
「練習、していますから」
「へぇ。 真似したいプレイヤーとか居れば教えてもらえますか?」
「……それは、」

バギーホイップショット、ジャックナイフ、高速サーブ、カウンターショット、ドロップボレー、ムーンボレー、波動球、アクロバティックプレー……。

「ヤーなテニス」
「え?」
「……いろんなテニス、倒してきましたから」

メモ帳を閉じた記者は、”ふふ”と独特に笑う。

「相変わらずだね、越前」
「なにしてるんっすか、不二先輩」
「社会勉強かな?」
「ふーん、まだまだだね」

俺は自ら手を差し伸べた。 交わるチャンスは多くは無かったけれど。 不二先輩は間違いなく、俺に影響を与えた名プレイヤーの一人だ。

「ナイスファイト、越前!」

掌のマメの感触はあの頃と同じだった。

「不二先輩っ」
「次は是非、優勝会見で僕が一番に挙手したいな」

でも本当は、まだ。 ネットを挟む対決は終わってはいない。

「不二先輩!」
「ふふ……僕に勝つにはまだ早いよ」
「……」
「テニスを別の側面から見てみたくなったんだ。 応援、させてもらうよ、生意気なルーキーくん」

目を細め先輩は踵を返す。 今は背広のそこに、SEIGAKUの刺繍の幻が見えてきそうだ。

「あ、そうだ。 乾から伝言」
「はい」
「良いデータが取れたって。 対戦相手のだけど。 聞くだけ聞いてみたら?」
「ッス」

風がそよいだ気がした。 鳥が羽ばたく気配がした。 俺は……まだ、なんだ。

「先輩! 不二先輩」
「ん?」
「あとで、時間貰えますか?」
「うん、それは別にいいけど」
「シューズ、26.5cmでいいっすか?」
「……越前」
「とりあえず、”星花火”から。 お願いしまーす!」

首を傾げることで承諾の意を表した”天才・不二周助”は「わくわくするね」と言い、青い瞳をゆっくりと開けた。









end by 千春様


36
We are just good friends


  
  
  

36仲間の千春さんより、36友情企画のお話をいただきましたv
不二くんバースデイアルバム【Just Good Friends】を聴きながら読むと最高です。


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