集合時間を夕刻にしたのは、主催者の都合らしいけれど、それはある意味正解。 ようやく日が落ちて、べったりとした肌にも風を感じる事が出来る頃になった。 「疲れちゃった?」 「え。 ううん、大丈夫。 元気」 「クス」 ”良かった”と聞こえる途中だった。 「おまたっせー!」 後ろからの風圧高い声に私と不二くんは、背中を押されたかのように少しよろめいた。 恋はいつでも自然発火 軽い食事会は丸テーブルが5個ほど置かれたレストランの貸し切りだった。 2時間の有限タイムは空腹を満たし、久々の再会の懐かしさを埋めるに丁度いい。 会費と引き換えにくじ引きで選んだテーブルは、高等部でも同じクラスの子が何人か居た為、私は日常の延長で気楽でもあった。 方々から突発的に爆笑が起こり、時には女の子の悲鳴も聞こえる。 と、同時にこの集いの主役は、やはりあの二人であると確信する。 菊丸英二くんと不二周助くん。 彼らは去年のクラスメイトであり、青春学園男子テニス部のレギュラー選手。 人気や実力を鼻にかけない人柄で沢山のファンを持ち、仲間から愛されるキャラクター。 そして、本日のメイン幹事だ。 「は、部活どこにした?」 「えっとね、料理研究部」 「わ、太りそう……!」 「うん。 だから最近全然市販のお菓子買ってないなぁ」 例えば食後に出されたデザートであれば、味より先、その素材や色見に気が行ってしまう。 どちらかと言えば消去法で選んだクラブでも、入ってしまえば興味がわく事は多かった。 中等部までは”禁止”事項の多さで計画倒れだった事も、高等部となれはさほどの障壁はない。 手順を踏めば、よほど突飛な計画でない限り顧問立会いのもとが条件で許可が下りる。 中等部時代の調理実習にいい思い出がない理由は、高等部で理解できた。 家庭用では難しい料理も、業務用のマシーンがあれば難なく出来てしまえる。 物事にはハードとソフト、両方が揃ってこそ形になるのだと……そんな蘊蓄を4カ月ぶりに顔を合わせた元クラスメイトへ語っていた時だった。 「お。 ちゃんだ」 「クス。 こんばんは」 ”ようこそ36同窓会へ”という営業トークを携えた”表”幹事がやってきた。 各テーブルを回り、出席のお礼を言っているらしい。 「なんだか、披露宴の挨拶回りみたいね」 「ええっ それじゃ、俺花婿ー!」 「ちょっと英二」 「でも、不二くんならウエディングドレスも様になっちゃいそう」 勝手に話が広がる。 ノリの良い菊丸くんと、ジョークの一つにされてしまう不二くんは、3年6組の象徴的な掛け合いの一つだった。 俺様的なリーダーシップではないけれど、彼らを看板に裏で学級委員たちが奔走するような形で、イベントでは成功を収める事も多かった。 「冗談きついなぁ」 「ごめんなさい」 「なーんか久しぶりだけど。 ちゃん変わってないね」 「そ? あー、それってっ」 たった一年の交流でも感覚は直ぐに蘇るのだと、我ながら感心する。 あけすけな菊丸くんと、ダイレクトではないけれどやはり嘘は言わない不二くんとの会話は、穏やかでもピリリと辛口風味がある。 「全然、女らしくないってことでしょ?」 「にゃ!」 「あはは。 英二、はっきり言い過ぎだよ」 ”しまった!”という顔になった菊丸くんと、俯き笑いを堪える不二くんは、言葉は違えど私に対して同じ認識を持っているのだろう。 ……これで、料理研究部が部活などと答えたら、色気より食い気を自ら立証するようなものだ。 「ううん。 また話せて嬉しいよ。 最後まで楽しんでね」 「うんうん。 だいじょうぶいっ ちゃんは結構人気あったからさっ」 「嘘つき!」と菊丸くんを睨むと「えー! だって不二が……」と言いかけた先、既に不二くんは次のテーブルへと身を翻していた。 私と不二くんを交互に見る事になった菊丸くんは「だ、だから!」と今日一番に焦る。 「英二!」 「ほ、ほーい!」 逃げるように短い距離をダッシュした外跳ねの特徴ある髪型と、その向こうで談笑する栗毛色の髪を見届ける。 場所が変わっても、時が経過しても……”同じ”なのだと、痛感する。 「? ねぇ?」 「え? あ、う、うん。 そうそう、それで秋の文化祭の模擬店でね……」 高等部へ進学してクラスが離れれば、二度と関わるチャンスはないと思っていた。 クリスマスもバレンタインも卒業も、視界の片隅で見送るだけだった憧れの人は、思いがけずまた私の記録に登場してくれる事になった。 それはいいのか悪いのか。 「は彼氏作らないの?」 「そう言うは?」 「あたしは……んー、考えてはいるんだけどね?」 「え。 なになに? どんな人? って、私が知ってる子?!」 私は前のめりになり、友達は頬を赤らめる。 ……折角少し薄らいでいた存在が、同時に瞼の裏にはっきりと蘇る。 不二くんのせいで、私は好きな人さえ暫く出来そうにもない。 「ということで。 お疲れさまでしたー!」 「したーー!!」 あっという間に時間は過ぎ去り、二次会のボーリングも区条例で帰宅を促される時刻になってしまった。 辛うじてワンゲームだけプレイした私たちは、それぞれの帰路につく。 青春台から特急で二つ先の都市部での開催だった為、同じ学校に通っていても様々なルートに分かれていく。 「またね」 「ばいばーい!」 「メールするねー!」 色んな声に可能な限り答えて手を振る。 高等部1年の夏休みの終わりに中等部の”同窓会”というのも、悪くはないとしみじみ思う。 外部受験した子は、別れ際に涙ぐんでもいた。 不二くんと菊丸くんがどういった意図で自身らもテニス部で多忙の中、こんなプランを考えついて実行に移したのか。 明かされなかった開催動機は、謎のまま輪は解散となった。 「……さてと、」 JRにすべきか地下鉄の方が無難なのか。 私は自分の帰り道を携帯で検討しようとした時だった。 「お疲れ様、さん」 「……え。 あ、お、お疲れ様」 最寄駅を入力途中だった私は僅かに反応が鈍くなった。 散会した仲間はすぐに群衆の波にのまれ、様々な場所から沢山の声が飛び交う。 それらしい声が自分に向けてなのか、その確率はどんどん低くなる。 そんな中。 「……不二くん」 「うん、当たり」 私の携帯を見た不二くんは、「必要ないよ」と一言断言する。 私が意味を分かりあぐねるのを見越してなのか「だって、僕とさん、同じ方向でしょ」と彼らしい笑顔になる。 「……だから、責任もって送っていくよ」 「え」 「あれ、僕が一緒だと駄目?」 「や、いや。 あれ、あああ、菊丸くんは?」 軽く混乱した私はこういう時こそ客観視すべきだと、”ウオッチャー菊丸”を思い出した。 不二くんと菊丸くんの部活終了に合わせた集いだったのだから、帰路も共にするのが大方の考えだろう。 ところが。 「なんだ、さんはやっぱり英二が居ないと嫌なんだ?」 私が尋ねた答えは無視をして、不二くんは一歩先の彼の見解を述べる。 「いつも僕と英二はセットなんだ?」 「……え」 「どうせ僕はウエディングドレスだし」 「……あ、そ、それは、違っ というか」 猛暑と冷房のサンドイッチでべたついた素肌の上を、温い夜風が煽るように通り抜ける。 地下道からの冷気と煌びやかな広告塔からの電球の光が、喧嘩をするように交わる。 頭上のスクリーンでは、どこかの花火大会の模様が中継されている。 「だって。 吃驚したから、本当に」 「何が?」 「……もう、二度と。 話すことなんてないと、思っていたから」 「それは、誰と?」 「おおおおおおおおおい!」と喧騒を抜ける声が耳に響いた。 周囲の大学生らしいグループも何事かと同じ方向へ顔を向ける。 「おーい、不二にっ 待てって! 置いてくなってのっ」 「なんだ中学生か」という誰かの声と、「しょっぴかれるぞ」という物騒な物言いと、「花火持ってるぞ!」と吹きだすリアクションが聞こえた。 名前を呼ばれた私と不二くんは呆気にとられた状態で、急速に近づく元・クラスメイトを迎える。 「中学生だって、英二」 「へ、俺が?」 「おまわりさんが来ちゃうって」 「げ、なんでだよ」 「どうして袋に入れてもらわなかったの? そのまま持ってくるとは思わなかったよ」 「やーだって世の中エコじゃん!」 無邪気に訴える菊丸くんを、冷静な不二くんは苦笑した。 「ごめんね」という言葉は話しの途中で腰を折られてしまった雰囲気に対するものらしい。 「なんだよ。 不二が一生のお願い! っていうからさ」 「え、お遣い?」 「だよ、ちゃん。 この辺りで花火売ってる店なんて、分かんないからさ」 「うん、それで?」 「交番で聞いたよ! したら目の前に普通にディスカウントショップがあったよ。 だからお巡りさん来る訳ないじゃん。 俺、高校生だし!」 時折意固地な程冗談が通じなくなる菊丸くんの弁に、私は「はぁ」と感心する。 菊丸くんの事情説明がとてもツボに入ったらしい不二くんは、地味に笑い続けている。 「……不二、ウケ過ぎ」 「ごめんごめん。 ありがと、英二」 「ほんとだよ。 これからはちゃんと、花火くらい用意しとけよ!」 鼻の頭を掻いて少し威張って見せる菊丸くんは、そのあとニカっと笑う。 如何にも彼らしい喜怒哀楽に満ちた表情だ。 「んじゃ、ちゃん。 あとは不二をよろしく。 多分、花火の使い方怪しいから」 「えっ じょ、冗談だよね?」 「だからーっ 俺は嘘つかない菊丸様だっての。 まぁ幼稚園の子でも扱えるのにしておいたから、だいじょぶっしょ!」 「……というか、あれ。 あの、これって」 「ん、なに?」 「花火は……」 菊丸くんが当たり前のように差し出した、ディスカウントの店名が記されているテープ付きの花火は”ファミリーセット”とタイトルが付いている。 確かに”お子様でも安心”の謳い文句なら彼の言い分は正しい。 条件反射のように手にしてしまった私は、そこで大きな責務を負う事になった。 「それじゃ行こうか。 この先の大きな公園なら花火OKだから」 ”菊丸くんは?”と今日何度目かで口に出かかった質問は、本人から分かり易くNOが言い渡された。 「俺は彼女をまだ店に待たせてるから。 おお、急がなきゃ。 んじゃまったねー」 くるりと半身向こうから身体を捻った外跳ねのシルエットは、街灯で細長い影となる。 「がんばれよ、ふーじ!」 目一杯茶化した声が響くと、通りかかったスーツ姿のサラリーマンたちは「なんだ、子供か」と、吐き捨てるように苦く笑っていた。 「それで、誰なの?」 「え?」 「もう二度と話せないって、さんががっかりした人」 子供の頃以来の手持ち花火だと笑った不二くんは、遮られたまま終わるはずだった話題を蒸し返した。 「それは」 「言い辛い?」 「……そうじゃ、ないけど」 「だったら。 時間をあげる。 最後の線香花火が落ちたら、教えて」 「……」 「いいよね」 私のスパークラーから自身が手にするすすきへと炎を移した不二くんは、「きれいだね」と舞う火の粉に片目を瞑った。 end by 千春 【オペラグラス】様100万打記念アンケートに3年6組設定が好きと答え、千春様が書いてくださいました♪ツイッターでお話した花火も盛り込まれ、ツーカーな36に悶えます。 不二くんなのは私が不二くんを大好きだからそうしてくださったのです。 素敵なドリームをありがとうございますvvv BACK |