ある日の朝




 僕がオフの日は、いつもならこの時間に起き出す筈なのに、どうしたんだろう?
 不思議に思って僕の腕の中にいる愛しい人に視線を向けると、可愛い眉間に皺が刻まれていた。
 雪のように白い肌が微かに青白く、赤く色付く唇から苦しそうな吐息が微かに零れている。
 声をかけようとした瞬間、痛いと小さな声が聴こえて、顔が強張った。
、どこが痛い?」
 柔らかな髪を撫でながら訊くと、黒真珠のような瞳がゆっくり開かれた
 眦に浮かんだ微かな涙に、胸が締め付けられて苦しくなる。
「あ…ごめん、なさい。起こし…ちゃった?」
 青白い顔ですまなそうに謝るの頬にキスを落とし、瞳と同じ色の前髪を上げて、あらわになった額に自分のそれをくっつけた。
 熱はない。
 けど、それなら一体どこが痛いのだろう?
「…周ちゃん、心配しないで。平気だから」
 なんでもないと微笑むけれど、青白い顔で言われて頷けるはずがない。
「いいから。どこが痛いのか言って、
 我慢なんてする必要は全く無いんだから。
 結婚する前は甘えてくれていたのに、結婚してから甘えてくれることが少なくなったのは、あまり家にいられない僕を心配させないようにという気遣いなのはわかってる。
 けど僕は、自分の事より君の事が大切なんだ。
「…起きたら胃の辺りが痛くて。もう少し横になってれば治るかと思ったんだけど…無理だったみたい」
「薬を持ってくるから、ここにいるんだよ」
 言いおいて、ベッドから起き上がってリビングへ急ぐ。
 チェストの上にある救急箱の中から胃薬を取り出し、『食間や就寝前の空腹時に服用可』と書いてあるのを確認した。
 次にキッチンに向かって、湯のみにポットの湯を淹れて水をちょっと足す。お湯じゃ熱すぎるし、水は冷たくて胃に負担がかかってしまうから、ぬるま湯がいいだろう。
 それらを持って寝室へ戻ると、はおとなしく横になってくれていた。
 閉じられていた瞼が開き、黒真珠のような瞳が僕を捕らえる。
「ありがとう、周ちゃん」
 身体を起こそうとするを止めて、ベッドの端に腰を掛けた。
「僕が飲ませてあげる」
「えっ?」
 青白かった頬に僅かな赤みが射す。
 フフッ、可愛い。
 の具合が悪くなかったら襲ってしまいそうだ。
「胃薬は苦いだろ。だから、口移しなら甘くなるかなって」
「しゅ、周ちゃんにうつっちゃうよ」
「クスッ。胃痛がうつるなんて聞いた事ないよ。でもうつるならその方がいいけどね。君を痛みから解放してあげられるしさ」
「そっ、そういうんじゃなくて…」
「もう黙って」
 反対する声を遮って、薬の袋を開けて中身を口に含み、ぬるま湯を口に入れる。
 を捕まえて、柔らかな唇にキスをしながら薬を流し込んだ。
 そのまま離す事ができなくて、少しだけ甘くて可愛い唇を堪能して唇を離す。
「…っ…しゅ、周ちゃん!」
 真っ赤な顔で睨まれても、可愛いだけで恐くはない。
 逆に愛しくて仕方ない。
 君は可愛いな、本当。
 いつも僕の心を捕らえて離してくれないんだから。
「フフッ、僕に頼ってくれなかったオシオキ」
 耳元で囁くと顔を真っ赤に染めて、は布団の中へ潜ってしまう。
 オシオキの意味をわかっていない事は明白。赤くなってしまったのは、僕が耳元で囁いたからだ。
 はその手の事を全然知らないから、僕の雰囲気でなんとなく逆らったらいけないと思ったに違いない。
「今朝は僕が作るから、は休んでるんだよ」
「うん」
 は布団から顔をちょっと見せて、おとなしく頷いた。
「じゃ、待っててね」
 の額にキスをして、胃に負担がかからないお粥を作るべく、僕はキッチンへ向かった。




END

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