ずっと君を見ていた




 シンと静まった、誰もいない放課後の教室から彼を見る。
テニスをしている彼の姿をこっそりと。
それが彼女の放課後の過ごし方。
「あ、試合…かな」
 この場所からテニス部の練習風景を見るようになって四ヶ月が経っていた。
 だから今では、どんな練習が始まるのか様子を見るだけでわかるようになっていた。
 桜の咲いていた季節に、教室からテニスコートが見えることに気が付いて、それからほぼ毎日、練習風景を見ている。
 きっかけは、クラスメイトの不二。
 入学式の時に助けられてから気になっていた彼は、テニス部に所属している。
 それを知って、テニスコートへ見学しに行きたいと思った。けれど、近くで彼を見るのが恥ずかしくて、行けずにいる。
 それに、群がる女生徒の中に混じるのはイヤだった。テニス部の人たちにとっては、騒いでいてもいなくても、同列視されるだろう。

 テニスコートに入る不二の姿を見つめていると、彼は突然テニスコートから出ていった。
 対戦相手の大石に腕を見せて何かを話していたように見えた。
「怪我でもしたのかな?」
 彼をずっと見ていたが、怪我をするようなことにはなっていなかったと思う。
 何があったのだろうと考えていると、不意に教室の扉が開く音が耳に届いた。
 反射的に振り向くと、先程までテニスコートにいた彼が立っていた。
「……不二、くん?なにか忘れ物?」
 咄嗟に口をついて出たのは、ありきたりな言葉だった。
 不二は色素の薄い瞳を細めて言う。
「うん、君を、ね。取りに来たんだ」
「そ…って、ええっ?や、やだ――」
 からかわないで。
 そう続くはずの言葉は、声にならなかった。
 光の加減で金茶にも見える色素の薄い瞳が少しも笑っていなかったから。
 じっと見つめられて動けないの傍へ不二は歩み寄る。
「こっちにおいで」
  手を引かれて、がはっと我に返った時には腕の中に抱きしめられていた。
「ふ、不二くんっ?」
「ずっと僕の事、見てたよね」
「きっ、気づいてたの?」
 恥ずかしさと動揺で、の頬が真っ赤に染まる。心なしか、耳も赤い。
「僕もずっと君を見ていたから…ね」
 言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。
 今、彼はなんて言った?
 心臓はドキドキと早さを増すばかりで、感じている彼の体温も夢みたいだ。
「ここからじゃなくて、もっと傍で応援して欲しいな」
 優しく柔らかな声で言葉が紡がれる。
「…いいの?」
 なんだか信じられなくて。
 でも夢じゃないって言って欲しくて。
「好きなコには傍にいて欲しいからね」
 不二はクスッと笑って、赤く染まった頬に長い指で触れた。
「好きだよ、
 耳元で告白されて、名を呼び捨てにされた。
 優しくて甘くて熱い声に、蕩けてしまいそうだった。




END

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