ある夏の日




 黒い空に蒼い光が走る。
 それとともに何かが落ちてきたような、大きな音が響く。
 は膝を抱え、両耳を手でふさぎ、それに耐えていた。
 早く通り過ぎて。
 そう切に願うのだが、雷は弱まるどころか強くなっていた。
 布団の中で丸くなって耳をふさいでも、効果はない。

 怖くて、恐ろしくて。
 彼女の瞳の眦からは涙が溢れていた。

 雷が怖くて、それに気を取られていたからは気がつかなかった。
 玄関の扉が開いた音に。
 家の中に入った人影は迷うことなくの部屋を目指して歩いていく。
 部屋の前で立ち止まり、ドア越しに聞こえてくる小さな嗚咽に少年は色素の薄い瞳を細めた。
「やっぱり。だからうちにおいでって言ったのに」
 呟いて、少年は静かに扉を開いた。
 彼の瞳に、想像していたのと寸分違わない少女の姿が映る。
 少年はベッドの上にある白い塊に近づいた。
「だから言っただろ」
 布団を捲り上げ、震える華奢な体を腕の中に閉じ込める。
「…しゅ…けくっ…」
 は涙で濡れた瞳で周助を見上げた。
「ふ…わああっん…っ」
 周助は堰をきり泣き出すをなだめながら、華奢な体を抱き上げる。
「しっかり掴まって」
「…しゅ…すけくん?」
 しゃくりあげながら顔を上げて、そこでようやく周助にお姫様抱っこされていることに気がついた。
「――っ」
 抗議をするために開いた唇は、言葉を紡ぐことができなかった。
 重ねられた唇は触れるだけのキスでは止まらなくて、吐息ごと奪うように深く熱く、何度も繰り返される。
 息苦しさに離れようとしても、周助はそれを許さない。後頭部に回された彼の手がそれを許してくれない。
 ようやくキスから開放されるとは荒い呼吸を繰り返した。
「僕は怒ってるんだよ」
 いつもより少し低めの声に、呼吸が整わないまま、視線だけを恋人に向けた。
 見つめてくる周助の瞳に怒気が混じっているのがわかり、彼にぎゅっと抱きついた。
「…きら……な…で」
 荒い呼吸の中で紡がれた言葉に周助は色素の薄い瞳をふっと細めた。
 周助はのさらりとした黒髪を撫でるように梳く。彼の手は壊れ物を扱うかのように優しい。
「じゃあ来るよね?」
 そう訊くと、は頷いた。
 それに周助は満足そうな微笑みを浮かべる。
「ずっと抱きしめていてあげる」
 だから怖くないよ。
 囁くと、が甘えるように身を寄せてくる。
 それから雷鳴が遠ざかるまで、周助はが怖くないように抱きしめていたのだった。




END



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