処方薬より良く効くくすり




 ひやりとした冷たさを感じ、重い瞼をなんとか持ち上げた。
「………?」
 驚くほど掠れた声は自分のものではないようだった。
「あ、起こしちゃった?ごめんね、気をつけてたんだけど」
 様子を窺うようにそっとかけられた声は優しく、温かい。
「…本物だ」
 フフッ、と力なく微笑む不二に、は柔らかな微笑みを浮かべた。
「本物よ。 …何か欲しいもの、ある?お水とか」
 訊くと、不二の左手が布団の中から出て、の頬に伸ばされた。その手は熱の高さを物語るように、熱かった。
「周助?」
 は困惑を滲ませた。
「柔らかい」
 それはどういう意味に取ったらいいのだろう。
 好意的な意味でいいのだろうか。例えばさわり心地がいい、とか。滑らかだ、とか。
 病人相手に追求するのはいかがなものか、とは曖昧な笑みを浮かべた。
 の頬に撫でるように触れていた長い指はの唇をなぞり、そっと離れていった。
 まるでキスをされたみたい。
 そう思ったの視線の先で、不二は熱で紅潮した顔で嬉しそうに微笑んだ。
「キスの代わり。いまできないから」
 心の中を読まれたみたいで、頬に熱が集まるのがわかる。
「周助…」
「…治ったら、ちゃんとキスさせてね……」
 色素の薄い瞳がゆっくり隠れていく。
 夢うつつのように言った不二の唇から寝息が零れ始めた。
「……夢だったと思うのかしら」
 はぽつりと呟いた。
 夢だったと思われたら、それはちょっと寂しい。
 けれど、不二がちゃんと覚えていたら実行されるわけで、それはそれで少し恥ずかしい気がする。
 でも。
「………早く元気になって」
 囁くように言って、は身を乗り出して不二の頬にキスを落とした。



 不二家へ見舞いに行った日から二日後。
 すっかり風邪を治した不二は四日ぶりに登校した。医者はもう二、三日は熱が下がらないだろうという診断だったのだが、の見舞い後、熱は二日で下がった。そのことに母と姉は驚くではなく、意味ありげに視線を交わしていた。
 テニス部の朝練にも出、それから教室へ向かった。
「周助」
 教室に入ってすぐ、気がついたが駆け寄ってきた。
「よかった。熱は下がったのね」
「うん。処方薬がよかったから」
「え?そんなに効きすぎるとかえってよくないんじゃない?」
 が心配そうに首を傾げる。
「大丈夫。僕にしか効果はないから」
 不二はにっこり笑った。
がお見舞いに来てくれたから、熱が下がったんだ」
 そして不二はの耳元へ唇を寄せて囁く。
「君は処方薬より良く効くくすりだね」
「しゅ、周助…」
 頬を赤く染めるに不二はクスッと笑う。
「ちゃんと覚えてるから、ね」
「え?」
「治ったら…って」
 そう言って不二は指を自分の唇に当てた。
 その仕草にが耳まで赤く染めたのは言うまでもない。




END

君をたとえる3題 [3. 処方薬より良く効くくすり]
Fortune Fate http://fofa.topaz.ne.jp/

初出:2012バースデイ企画【Very Special Birthday】Web拍手 書き下ろし

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