No Title




「英二先輩。アレ、食べたっスか?」
 ワイシャツに袖を通しながら、桃城が菊丸に話しかけた。
 唐突過ぎる問いかけだが、菊丸は迷いなく答える。
「うんにゃ、まだ」
「それならこれから食べに行きません?」
「いいけど、自分で払えよ。じゃなきゃ行かない」
 菊丸は数日前を思い出し、渋面を作った。
 過去幾度となく、この後輩ともう一人の後輩に奢っているというか、たかられている。
 ゆえにそれを懸念しての返答だった。
「わかってますって」
 笑う桃城に一抹の不安を覚えながらも、菊丸は後輩とファーストフード店へ寄り道することを承諾した。



「……不二、それ一袋で2個分だぞ?」
 戸惑うことなく、むしろ当たり前のようにハバネロプラスをチキンにかける不二に大石は言った。わかっているとは思うが、大石は言わずにいられなかったのだ。
 レッドホッドチキンという名前のフライドチキンは、そのままでも辛い。
 興味津々でかけた菊丸や桃城、データを集めるためにとかけた乾が、いまだ周囲でもがいている。いつの間にやら姿のない越前は、口直しのジュースでも買いに行ったのだと思われる。
 彼らのかけた量はそう多くはなさそうだったが、菊丸曰く、舌がしびれる辛さ、らしい。
 ちなみに大石は普通のフライドチキンを頼んでいた。
「わかってるよ。少しかけて食べてみたけど物足りないから、全部かけてみようと思ってさ」
 フフッと微笑む不二に、もがいているメンバーは思った。
 さすがだ、不二。
「そ、そうか」
 俺にはできない、と大石は胸の内で呟いて、不二の隣へ視線を滑らせた。
 すると不二の彼女は彼氏と同じようにハバネロプラスをフライドチキンにかけていた。もっとも、これくらいかな、と様子を見ながらであったが。
さん、辛いもの大丈夫なのかい?」
「うん、好きなの」
 は手を止めてにっこり微笑んだ。
 嬉しそうなその笑顔が嘘ではないのを証明している。
 似た者夫婦…いや、この場合は似た者恋人とでも言おうか。
 そんなことを考えている大石をよそに、恋人たちの会話は弾む。
「…このお店のって衣がサクッとしてて、美味しいよね」
 頬を緩めるに不二は色素の薄い瞳を細めて微笑む。
 不二はこういう彼女の笑顔も可愛くて好きだ。
「そうだね。でも、僕はの作ってくれるのが好きだな」
「ええっ?私が揚げたのってサクッとしてないと思うわ」
「これに比べたらね。だけど僕にとって重要なのは揚げ方じゃないから」
 にっこり笑う不二には首を緩く傾げた。
 揚げ方の話をしていた筈なのに、いつの間にか違う方向へ話が進んでいる。
「僕の好きなのはの味だよ」
 料理に限らず、ね。
 耳元で甘く囁かれた言葉には瞳を瞬いた。
 料理じゃない私の味…、と胸の内で繰り返したは言われた意味を悟って、白い頬を真っ赤に染めた。
 そんな恋人が愛しくて、不二はクスッと笑う。
 デザートに君が欲しいな。食べていいよね?
 不二は再びの耳元に唇を寄せ、先程より甘さを増した声で囁いた。




END



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