困らせてみる




「わっ、降ってきた」
 前触れなく、急に雲ったと思った時には雨が降りだした。
 今は梅雨だから降ってきた時の対応には万全だ。
 新しいボール開けてカゴに入れ、コートに持っていく途中だったそれを手にしたまま、部室へ引き返した。
 タオルを用意していると、ラケットやボール、ネットを手に部員たちが部室へなだれこむように駆け込んできた。
 屋根をたたく激しい雨音が聞こえる。
「みんな、これ使って!」
「ありがとう」
「わっ、ふかふか!」
 たたんだタオルを重ねて山になった手は、部室を回るうちに少しづつ軽くなっていく。
「佐伯くん」
 前髪から滴をしたたせる人の名を呼んだ。
「サンキュ」
「ううん」
「君がマネージャーでよかった」
 不意打ちの嬉しい言葉に泣きそうになる。
「佐伯くん…」
「俺だけじゃなくて、みんなそう思ってるよ。口には出さなくてもね」
「ありがとう」
 緩みそうになる涙腺を隠すために俯いて、佐伯の横を通り抜けようとした。
 手にしていた数枚のタオルが手から無くなった。
 何事かと思ったのと、「タオルない人、ここにあるぞ」と聞こえたのはほぼ同時だった。
 佐伯に手を引かれ、部室の外へ連れ出された。
 濡れないようにとの配慮だろうか。軒下で、佐伯は雨表に立っている。
「ごめん。泣かせたかったわけじゃないんだ。君に笑って欲しいだけなのに上手くいかないな」
「…そんなことないよ」
 佐伯くんを見るだけで嬉しくて、笑顔になれるわ、と胸中で呟く。
「部室に戻りましょ。佐伯くんまた濡れちゃってる」
「今日、一緒に帰ろう」
「え?」
「一緒に帰ってくれるなら、部室に戻るよ」
「え、あの…」
「うん?」
「か、帰る」
「うん」
 雨で隠れてしまった太陽みたいに眩しく、佐伯は笑った。




END
 
陽だまりの恋のお題[09.困らせてみる]
恋したくなるお題(http://members2.jcom.home.ne.jp/seiku-hinata/)

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