あなたの前では、自分が自分ではなくなってしまうような気がする。
それでも、そばに行きたい。
隣にいたい。
あなたと一緒にいられるなら、たとえ壊れたって構わない。
くちびる
初めて見たとき、すごく綺麗な人だなって思った。
まるで女の子のように綺麗な笑顔。
毎日のように太陽の下でテニスをしているらしいのにもかかわらず、
ほとんど灼けてない、白い肌。
繊細な感じのする体つきなのに、よく見れば筋肉が綺麗についていて。
こんな人、本当にいるんだ…と、つい見つめてしまっていた。
あまりにも凝視していたわたしに、彼はクスッと笑って、「どうしたの?」と言った。
「僕の顔になにか着いてる?」
「う、ううん……」
話しかけられた声は、耳にすぅっと溶けるように入ってきて。
体中が、その一言で熱くなったような気がした。
…どうしたんだろう、わたし。
戸惑いが走って、こわばってしまったわたしに、もう一度にっこりと微笑んで。
「また、あとでね」と、彼はわたしの前から去っていく。
ゆっくりと歩いていく後ろ姿から、どうしてか目がそらせなくて。
好きになっちゃったんだな、って思った。
「ふーじ! どうしたの?」
「なんでもないよ、英二。部活に行こうか」
「えー? あの子誰?」
「フフッ、興味あるのかい?」
菊丸くんと楽しそうに笑う不二くんの声が、聞こえてきても。
わたしは突然自分を襲った気持ちの変化に、動揺していた。
こんなふうに唐突に、人を好きになったりするんだろうか。
こんなふうに…たった一瞬で。
またあとで、と言った不二くんの言葉の意味はわからなかったけど。
なんとなく…もう離れられないような気がした。
そして、そのときから。
いつだってわたしの視界の端には、微笑みながら菊丸くんと話してる不二くんが映る。
初めて会ったときのことを、ぼんやりと思い出している今も。
「不二のこと好きなんでしょ?」
「な、なに言ってるの?そんなことないわ、わたしには…」
友達の言葉に狼狽して、他に好きな人がいるから、と言おうとした。
だって2人の関係は、まだ誰も知らないから。
なんとなく、それを知られてはいけない気がしてたから。
だけど、そのとき。
ふと、視線が合ったような気がした。
…気のせい、だよね。
不二くんが、わたしなんて見るはずないじゃない。
だって、今だって菊丸くんの方を向いているし……。
そう思って、まだなにか言い続けている友達へと視線を戻した。
嘘をつこうとしていたことを不二くんに気づかれているなんて、思ってもいなかった。
◇◆◇◆◇
どんなに一緒にいても慣れない。
こうして二人で会うのも、もう何度めかわからないくらいなのに。
美人は三日で飽きる、なんて嘘だと思う。
「どうかした?」
「う、ううん。なんでもないの…」
いつものようににっこりと微笑んで、わたしの瞳をじっと見つめる。
その視線の前にいるだけで、心臓が壊れそうなほどにその加速度を増す。
何かを見透かしたような微笑み。
その瞳に見つめられるだけで、体の力が抜けていくような感覚。
「ずるい…不二くん」
「クスッ、どうしたの?顔、真っ赤だよ?」
そう言って、細い指先でわたしの頬に触れる。
あなたに触れられた部分から、熱を発していくわたしの身体。
真夏の太陽に照らされたみたいに、一気に色づいてゆく。
視線を合わせることが辛くなって、そっと瞳を閉じれば。
まるでそれを待っていたかのように、ゆっくりとぬくもりが落ちてくる。
「……んっ……」
少しずつ深くなる口づけとともに、抱きしめられる。
あなたの香りに包まれて、重なった鼓動を感じるだけで。
あなたにぴったりと合うように、自分の体が変化していくような気がする。
「ねえ、初めて会ったときのこと…覚えてる?」
「う、うん…さっき、ね、それを思い出してたの」
「そうなんだ」
ゆっくりとくちびるを離して、そんなことを訊く不二くん。
ちょうど、その時のことを思い出していたわたしが息を整えながらそう言うと、
抱きしめる腕を少しだけ緩めて、嬉しそうに微笑んだ。
「あのときから…僕は君が好きだったんだよ」
「え…?」
「……信じられない?」
「だ、だって……」
そんなこと、信じられない。
不二くんが…初めて会ったときから自分を、だなんて。
こうしている今だって…まだ信じられないくらいなのに。
「そういえば、さっき友達になんて言おうとしたの?」
「え。き、聞いてたの?」
「クスッ、恥ずかしがりやの君が、どう答えるか気になってたんだ」
「あ、あれは……その、」
意地悪としか言いようがない質問ばかりを、わたしに投げかける。
極上の微笑みと一緒に。
ゆっくりと指先で、わたしのくちびるに触れながら。
「…ねえ、聞きたいな。君の気持ち」
「ふ、不二くん…」
「言ってよ…周助が好きだって」
触れられたくちびるが、熱くなってくる。
じっと見つめられたら…なにもかもさらけ出しているような気分になって。
自分が、自分じゃなくなっていく気がする。
それがすごく恥ずかしくて、わたしはぎゅっと瞳を閉じる。
「わ、わかってるくせに……」
「うん、でもね。聞きたいんだ、君の声で」
そう言っている不二くんは、きっと微笑んでる。
いつもよりも、ちょっと意地悪そうに。
だけど、そんな笑顔も大好きだな、なんてまた見蕩れてしまうのだろう。
きっとどんな表情を見ても、この気持ちは変わらない。
だから、わたしを緩く抱きしめている不二くんの袖をきゅっと掴んで、少しだけ背伸びして。
「…っ!…」
「大好きよ…周助」
驚いたように見開いたあなたの瞳を見つめて、言ってあげる。
いつもあなたの行動すべてに負けてばかりのわたしだけど。
一度くらい…こういうのもいいよね?
だけど、勝った!と思ったのは、一瞬だった。
「クスッ、嬉しいよ。僕は…『愛してる』だけど、ね」
そう言って、もう一度落ちてくるちょっと冷たいくちびる。
抱きしめる腕の力も、さっきよりも強くなって。
触れた場所が、また熱くなっていく。
「もう…離れられないよ?」
そんなふうに囁かれたら、頷くしかできないじゃない。
この腕の中にいられることが、わたしにとって何よりも大切なこと。
そう…思った。
どんな強がりも、どんな嘘もきっとその瞳には全部見抜かれてしまうけど。
あなたさえこうしていてくれるなら、それでもいいと思ってしまう。
少しずつ変わっていく自分が、愛しくさえ思えてしまうのだから。
あなたが傍にいてくれるなら、わたしはきっとそれだけで……幸せだから。
『不二の病同盟』発足記念に…なるかわかりませんけど、
おめでとうございます!の意をこめて……。
イメージ曲があったのですが、とりあえず伏せておきます。
でも花音はこれくらい不二くんに溺れている、ということで(笑)
── Kanon ──
書記・花音さんより『不二の病』同盟様へということで、頂きました。
ほのかに黒いのに、優しい周助くんが素敵ですv
花音さん、どうもありがとうございます。
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