My Princess1




 テニス部の朝練が終わって教室に入った周助が見たのは、真剣な顔で本を読んでいるの姿だった。
「不二?どったの?」
 突っ立っている周助の背中に、一緒に教室に来た菊丸が声をかけた。
が……」
ちゃん?」
 菊丸は言葉を濁す不二に首を傾げて、窓際の席で本を読んでいる を見た。
「うにゃ?何か真剣だね」
「うん。……」
「…何考えてるの?」
「ちょっと、ね」
 周助は意味ありげにクスッと笑った。こういう時に彼に関わるとろくなことがないと身を持って知っている菊丸は、事の成りゆきを見守ることにした。
 触らぬ不二に祟りなし、である。
 周助はに静かに近づき、彼女の背後に回り込んだ。
 けれどはそれに気がつことなく、熱心に本を読んでいる。
 教室に入ってきた僕に気づかないほど、何を真剣に読んでいるんだ?
 胸の内で呟いた周助は、 が読んでいる本に目を遣った。
 文面に目を走らせる。すると、それが市販されている本ではないことがわかった。
 台本か。なるほどね。と周助は口の中で呟いた。
 は背後から周助が台本を盗み読みしていることに全く気がつかない。
 周助は口元に笑みを浮かべた。
「おはよう、
 周助はを後ろから抱きしめると同時に、彼女の耳元で囁いた。
「きゃああっっ」
 突然の出来事には悲鳴を上げる。
「ひどいな、。恋人に対してそれはないでしょ?」
「ふえっ?」
 体を周助に抱きしめられているため は身動きがとれない。
 は首を後ろに巡らせた。
  黒い瞳が周助を捕らえる。
「あ、周くん」
「やっと気付いてくれたね。おはよう、
 周助はの頬に軽くキスをした。
「こっ、ここ教室っ」
 の頬が赤く染まっていく。
が少しも僕に気づかないから、ちょっとしたお仕置きだよ」
 周助はにっこり笑って、さらりと言った。
 からかわれているとはわかったけれど、これ以上お仕置きをされてはたまらない。
 ここは素直に謝っておくべきだろう。
  はそう判断した。
「ごめんね?…おはよ、周くん」
「仕方がないから今回は許してあげるけど、次はないよ?」
 笑顔で言う周助に がコクコクと頷くと、ようやく彼は腕を離してくれた。
「ところで 、今度は何をやるの?」
「え?…あ、『眠り姫』よ。再来週の新入生歓迎会でやることになったの」
は何の役になったの?」
「お姫様よ」
 周助の眉がピクリと動くが、は気がつかなかった。
「可愛いだろうな、のお姫様。で、王子役は誰?」
「3年1組の原田君よ」
「そう。 、台本読みの相手が必要なら、いつでも引き受けるからね?」
「ありがとう」
 そして は台本に視線を戻した。



 1限目と2限目の短い休み時間を利用して、周助は3年1組の教室へ向かった。
 もちろん に気がつかれないように。
「手塚、ちょっといい?」
 周助は1組の教室に入り、教室の後方の席に座っている部活仲間である男子テニス部部長の手塚国光にそう切り出した。
 また厄介事ではないだろうな。
 手塚はそう思いながらも平静を装い口を開いた。
「何だ?」
「ねぇ、原田ってどんな奴?」
「教卓の前に座っている奴だが…」
 周助は手塚が言った方向に視線を向ける。
 だが、原田は前を向いて友人と話をしていて、顔が見えない。
 周助は手塚に視線を戻した。
「ここからじゃよく見えないな。ねえ、手塚。原田ってどういう奴か知ってる?」
「友人も多いようだし、人付き合いも悪くはない。成績も割といいほうだったと思うが?」
「ふぅん。性格は悪くないみたいだね」
 瞳を鋭くする周助に、手塚は指で眉間をおさえた。
「また関係か?」
 常日頃から以外の人間に興味がないと言っている周助だ。
 そんな彼が他人に関心を向けた。それがどんな意味を持つのかは明白だった。
 だから理由など聞く必要はない。
 ないのだが、友人として一応は釘を刺しておくべきだろうと手塚は考えた。
「もめごとも程々にしろ」
 手塚の言った相手が周助でなければ聞き入れられたかもしれない。
 だが、手塚の言ったことは華麗に流された。
「相手の出方次第だね。でも、に手出しをする奴を放っておけないでしょ?」
 まだそうと決まった訳ではないのに、不二はすでに原田が に何かすると決めつけているようであった。
 それを聞いた手塚は眉間の皺を増やし、胸の内でごちた。
 オレを巻き込むなよ。




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