Heart×Birthday




 一月半ばの日曜日。
 やや曇りぎみの天気で雨が降らないか心配だったけれど、前から決めていた予定通りには自宅を出た。
 彼女の黒い瞳は輝き、足取りは軽ろやかで、顔いっぱいの笑みを浮かべている。
 今日は彼氏の周助とデート…ではないのだが、彼に関することでの外出なので、はうきうきしていた。
 バスに乗って青春台駅へと出る。
 待ち合わせ場所の花屋の前へ向かうと、すでに着いていたらしい待ち合わせ人がに向かって手を振った。
 友人の姿を瞳に映したは、小走りになっての元へ急ぐ。
ちゃん、おはよう」
「おはよう。 じゃ、行きましょうか」
「うん」
 二人は並んで去年の秋先にオープンした商業施設へ向かった。
 道すがら話すのは、時期柄バレンタインの話となった。
はもう何を作るか決まった?」
「うん。今度材料を買いに行くの」
 ほわほわとした笑顔で言うはくすっと笑った。
「不二くんの喜んでる顔が目に浮かぶわ」
「そ、そう?私は周ちゃんが喜んでくれるかどきどきなんだけど…」
「100パーセント喜んでくれるから大丈夫よ」
 やけに自信たっぷりに言い切るに、の顔に笑みが広がる。
「だったら嬉しいな」


 アイボリー色の七階建てのビル内は、やや混んでいた。
 けれど、ごったがえすほどの混み具合ではないから、ゆっくり買い物ができるだろう。
「何階?」
 に訊いた。
 今日はが買い物に付き合ってくれて、ここに来ているからだ。
「三階なの。エスカレーターでいいかな?」
「ええ、そうしましょ」
 三機あるエレベーターはどれも1階で止まっていない。降りてくるのを待っている間に、エスカレーターならば三階に着くだろう。
 二人はフロア中央にあるエスカレーターに乗った。
 先にが、次にが続いてエスカレーターから降りた。
 このビルのフロアはどの階もさほど広くはない。けれど、見て歩くには広すぎなくてちょうどいいくらいだ。
 見渡した店内には、オレンジや黄緑や黄色など明るい色のテーブル、テーブルの色とお揃いのチェア、落ち着いたブラウン色のソファー、リビングに置くような棚などがずらりと並んでいる。通路を挟んだ向かいにはいくつもの棚が置かれ、ポーチや収納ケース、食器やマグカップなどのいろいろな雑貨が並んでいる。壁際の棚には布製品らしきものが陳列されているのが見えた。
「…フロア半分はこの店なのね」
 この店に来たのは今日が初めてなは周囲を見渡しながら呟いた。
「楽しいそうって見て回ってたら、見つけたの」
 は嬉しそうに笑って、を連れて壁際の棚へ歩いていく。
 床から頭の上まで高さがある棚には、布団や敷布団などの布製品が壁一面にずらっと並べられている。
 前に来た時とレイアウトが変わっていたので、棚の端から探すことにした。
 少しして、は探していた足を止めた。
「あった!よかったあ!」
 は満面の笑顔で腰の高さ程の位置にある探していたものを手に取った。
 先月の頭に見つけた時、常に取り扱っている商品だということを店員から聞いていたのだが、売り切れていたら取り寄せとなってしまう。取り寄せになってしまうと、生地の柄の出方が選べないなあと思っていたので、いくつかあって安心した。
 嬉しそうな顔から一転して真剣な表情をし、はどれにするか選びだした。
 はそんな友人の姿を微笑ましく見守っていた。
 本当に一途よねぇ。大切にしないと罰があたるわよ、不二くん。
 は胸中で呟いて、くすっと小さく笑う。
 が決めるのを待つ間、は近くの棚に並んでいる雑貨を見ることにした。
 店を訪れて15分程経過した頃。
 これとこれにしよう!
 は胸の内で呟き、満足したようにうんと頷く。
 迷いに迷った末、見比べていた商品の中から気に入ったものを水色と赤色と1つずつ手にした。
 それから隣の棚に立てかけて並べてあるものを2つ取ったところで、カゴが差し出された。
「あ、ありがとうちゃん」
 商品を抱えてレジへ行こうとしたのを見て、カゴを持ってきてくれたらしい。彼女の好意にありがたく甘え、商品をカゴに入れてからの手から引き取った。
 お店の包装紙が周助の好きなものだったから、プレゼント用にラッピングをして貰った。
 ラッピングを終えたプレゼントは、値段が張るものではなく重くもないけれど、50センチ四方ほどの大きさがある。
 それを受け取ってレジを離れたところでが口を開いた。
「無事に買えてよかったわね」
「うん」
 笑顔で頷いて、は視線を落とす。黒い瞳に映るのは、白い紙袋に入ったプレゼントだ。
 今年は閏年ではないから本当の意味で2月29日は来ないけれど、その日がお誕生日である彼――周助へのバースデイプレゼント。
 一目見たときにこれだと思って、あまり早く買ってしまってもラッピングがよれよれになってしまうかもしれない、と今日まで我慢していた。
 それが無事に買えて、周助に渡した時に、彼が見た時に、どんな顔をしてくれるかなと考えると、嬉しさで頬が緩む。

 名前を呼ばれて、へと視線を動かす。
「少し早いけど、ごはん食べに行かない?」
「今何時?」
「11時40分くらい」
「それなら行こ」
 駅ビルの中のパスタ専門店でランチを取ろうと話がつき、二人は商業施設を出た。
 の心は弾んでいて、プレゼントを買う前よりも足取りは軽かった。

 早く周ちゃんのお誕生日にならないかな。

 笑顔の周助を思い浮かべると、心がぽかぽかと温かくて、とても幸せになった。
、あまり嬉しそうにしてると、不二くんにばれちゃうんじゃない?」
「え、ダメ!」
「まあ、話さなければ大丈夫よ」
 彼に詰め寄られたら話してしまい落ち込むが想像できたので、はやんわりと助言した。
「うん!」
 きゅっと唇を引き結ぶは小さく笑った。
 不意に吹き抜けた冷たい風に二人は首をすくめ、どちらともなく駅ビルへの道を少し足早に進みだした。




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