僕の目標はプロのテニスプレーヤーになること

 そして、大好きなが僕の傍にいてくれること

 とテニス、どっちも譲ることはできない

 傲慢かもしれないけど、これだけは絶対に譲れない

 とても大切だから




 大切な人〜you still love〜 2




 僕の腕の中で恋人が静かに寝息を立てている。
 2月28日の0時ちょうどから59秒までは、閏年にしかない僕の誕生日だった。
 僕の家族と一緒にも誕生日を祝ってくれて、パーティーが終わったあと二人きりになりたくて彼女を連れて部屋に戻った。
 パーティーが終わると裕太は寮に帰っていった。だから、二階にある僕の部屋の隣部屋には誰もいない。母さんと姉さんの部屋は一階で、僕の部屋とは離れている。
 が泊まれるように母さんは客間の用意をしてくれていて、あとで僕が案内することになっていた。
 けれど僕はを離したくなくて、連れて戻ったを抱いた。
 母さんと姉さんはたぶん気がついてるだろうけど、リビングを出た時に何も言うことはなかった。だから、不謹慎だとわかっていたけど、客間にを帰せなかった。

 何度も肌を重ねているのに、肌を重ねる度に愛しさが募る。
 涙で濡れた黒い瞳。
 首に回された細い腕。
 片手で抱きしめてしまえる華奢な肩。
 甘い嬌声が零れる柔らかな唇。
 シーツに広がる艶やかな黒髪。
 柔らかくて甘い、白くて華奢な体。
 僕の名前を何度も呼んで、縋りついてくるが愛しくて仕方なかった。
 僕だけがを乱せるのが嬉しくて、最奥まで何度も貫いた。
 ちょっとどころではなく、とても無理をさせてしまったのは悪いと思うけど、欲望が止められなかった。
「……こんなに君が欲しかったのは、初めてだよ」
 さらりとした艶やかな黒髪をそっと撫でる。
「ん…」
 くすぐったそうに身を捩って幸せそうに笑う。
 可愛い唇からは規則正しい寝息。
 を起こしてしまわないように、形のいい額にキスを落とす。
「僕の全てをかけて、を守るよ」
 の笑顔を守りたい。
 を不幸にする全てのものから、君を守るから…。
 細い体を再び抱きしめて、眠りに身をゆだねた。



 3月2日の朝。僕は昨日の約束通り、を迎えに行った。
 今日は曇っていて天気がよくない。天気予報は午後から降水確率50パーセントだと発表していた。
 制服を身に纏って彼女を迎えに行く朝も、あと数日すれば終わってしまう。
 でも、不思議と淋しい気持ちはなかった。
 4月には二人で青春学園大学部に進学が決まっている。これからも彼女と一緒に日々を重ねていける。

 玄関のインターフォンを鳴らす。
「はい、どちら様?」
 優しそうな女の人の声が耳に届いた。
「不二です。おはようございます」
「ちょっと待ってね」
 プツッと音が途切れ、玄関の扉が開かれた。
「おはよう、不二君。さ、入って。外はまだ寒いでしょう」
 その言葉に甘えて家に入ろうとした時。軽やかな足音がして、愛しい恋人が姿を見せた。
、バタバタ走らないで」
「はーい、ごめんなさい。 周くんおはよう」
 ふわりと微笑むに答えるように僕も笑う。
「おはよう、


 そうして僕たちは手を繋いで学校に向かった。
「もうすぐ卒業か…。時間が過ぎるのはあっと言う間だね」
「うん。周くんと出逢ってもうすぐ3年経つのね」
「いろんなことがあったよね。体育祭に文化祭、修学旅行…楽しかったよね」
 そう言いながら隣を歩くを見ると、彼女はとても悲しそうな顔をしていた。
 泣き出す一歩手前の表情。
?」
「あ、ごめんなさい。ちょっとしんみりしちゃって」
「いや、僕の方こそごめん。朝からする話題じゃないよね」
 これ以上の悲しそうな顔を見るのは嫌だったから、話題を逸らすことにした。
「ねえ、昨日の紅茶どうだった?」
 そう訊くと、先程の悲しそうな表情は消え、笑みが浮かぶ。
 は嬉しそうに笑いながら小首を傾けた。
「とても美味しかったわ。それに香りがとってもよかったの」
「へえ。それは僕もぜひ飲んでみたいな」
「え?」
 が顔に意外と書いて僕を見上げる。
「飲んだことなかったの?」
「ううん、あるけど」
 そう返すと、は不思議そうな顔をして首を傾げた。その仕種が可愛くて、思わず笑みが溢れる。
が淹れてくれるのを飲みたいなって思って」
 言うと、ははにかんだように微笑んだ。
「周くんが飲んでくれるなら、とびきり美味しく淹れるね?」
「クスッ。楽しみにしてるよ」
「うん、楽しみにしてて?」
「もちろんだよ」
 そう答えて、僕はいいことを思いついた。
「ねえ、が作った料理もつけて欲しいな」
 は一瞬瞳を瞠ってから、くすっと小さな笑みを零した。
「小さなこどもみたい」
 その言葉につられて僕は笑った。
 話をしながら学校へと続く道を歩く。
 校門をくぐったところで背後から声をかけられた。振り向かなくても誰だかわかる。こういうことをするのは、彼一人しか思い浮かばないから。
「英二、との幸せなひとときを邪魔しないでくれる?」
 冗談半分本気半分の言葉に英二は僕の想像通りの反応をした。
「ご、ごめんにゃ〜〜。俺が悪かった。謝るから…」
 その声に振り向いてフフッと笑うと、英二は頬を膨らませた。
「ふーじーっ」
「ごめん、怒った?」
「当ったり前じゃんか」
 英二と話をしていると、そこへを呼ぶ声がした。
 僕の恋人の名前を呼んで僕たちに近付いてくるのは、の親友。
「おはよう、
「おっはよ、。英二君もおはよ」
 そう二人に挨拶をしたかと思うと、は僕に視線を合わせた。
「また今日も を独り占めしてるわね。許せないわっ」
「クスッ。この前も言っただろ?は僕のだよって」
 途端、は悔しそうな顔になる。そういう顔をされると余計にからかいたくなるんだけど…。
「周くんケンカはダメ」
 でなく僕限定で注意するあたり、は僕をよくわかってる。
「わかってるよ」
、騙されちゃダメよ!」
 会話というより論争のようになりながら、僕たちは教室へ向かった。


 連絡事項だけの短いホームルームが終わったあと、昨日のように卒業式の予行練習をして、正午過ぎに学校は終わった。
「周くん何が食べたい?」
 学校からの帰り道、が訊いてきた。どうやら朝した約束を今日のお昼に叶えてくれるらしい。
「そうだな…の得意なリゾコロッケが食べたいな」
「うん、わかった。じゃ、スーパーに寄って買い物して行きましょ」
 二人で家の近所のスーパーに寄って昼御飯の材料を買い、彼女の家に向かった。
「ここで待っててね」
 はリビングのソファに座るよう促した。
 でも、座って待ってるだけっていうのも、ね。
 自分の家にいる訳じゃないし、何よりの傍にいたいから、やんわりとそれを断ることにした。
「僕も手伝うよ」
「ダメ。周くんはお客様なんだから」
 間髪いれずに却下されるけど、その程度で引き下がる僕じゃない。
「そんなの気にしなくていいよ。僕が君を手伝いたいんだ」
 そう言うとは困ったように笑った。
「今日の周くんは甘えたさんみたいね」
「そう?僕はと離れていたくないだけなんだけど」
 言葉が終わると同時にの白い頬が瞬く間に赤く染まる。
 そんな彼女がたまらなく愛しくて、細い身体を抱き寄せた。
「昼御飯よりを食べたいな」
 の耳元でそっと囁く。
「そ、それはまた今度ね…っ」
「今度っていつ?」
 意地悪く訊いた。
 すると。
「……あとでならいいよ」
 まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったから、驚いた。
「本当に?」
 は頷いて、小さな声で言った。
「…傍にいたいから」
 僕の恋人はどうして僕の欲しい言葉をくれるんだろう。
 愛しくて眩暈がしそうだ。


 の作ってくれた料理を堪能して、食後にの淹れてくれたダージリンを味わった。
 そしてそのあとは、二人きりの甘い時間を過ごした。
「そろそろ帰らないと」
 の長い黒髪を梳きながら言うと、彼女の瞳が切な気に細められた。
「そんな顔されたら帰れなくなるな」
「ごめんなさい。……離れたくなくて」
 甘えるように僕にしがみついて、今にも泣き出しそうな声で言った。

「ごめんなさい…わがま」
 の言葉が終わらないうちにキスで遮った。華奢な体をベッドに押し倒して、唇を離さずにそのまま舌を絡める。
 二人の吐息が混じりあうまで、何度も深いキスを繰り返してから唇を離した。
「大学を卒業するまでに、僕はプロになってみせる。そうしたら…」
「そうしたら?」
 気持ちを落ち着けるように、一度深呼吸した。
「結婚しよう」
 の黒い瞳が潤んだ。瞳の眦から涙を零して僕に抱きつく。

 僕はこの時、がプロポーズを受けて入れてくれた。そう思っていた。

 それが大きな間違いだったことに、僕は気がつかなかった。




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