晴れ渡る空

 どこまでも青く広がっている

 きっと今日はいい天気になるのだろう

 それとは対照的に、私の心は曇ったまま
 
 心の底から悲しい時は涙がでないって本当なのね――




 大切な人〜you still love〜 7




 手紙を出すために、いつもより早く家を出た。ポストを前にしてすぐに投函できるかどうか、わからなかったから。
 明日出発なのに。もう時間はないのに。
 頭ではわかっているのに、感情が追い付かない。

 駅の東口前にある郵便ポストの前で立ち止まり、鞄の中から手紙を取り出す。
 投函口に手を伸ばした。けど、指を離せば手紙はポストの中へ入るのにできなくて、一度手元に引き戻した。

 祈るような気持ちで封筒にキスをする。
 どうか私の想いの欠片だけでもいい。彼に届くように祈った。

「……ごめんなさい」
 手紙を投函して、無意識に呟いていた。
 不意に左肩を後ろから叩かれ、心臓が跳ねた。
 ゆっくり振り返ると、そこにはがいた。
「おはよ、
「……おはよう」
 が不思議そうな表情で見つめてくる。
「なんだか元気がない…っていうか、もしかして驚かせた?」
「うん、びっくりしたわ」
 微苦笑すると、は小さく舌をのぞかせた。
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど、の姿が見えたから。手紙を出してたの?」
 うん、と頷いてが一人なのに気がついた。
「今日は一人なの?」
「そうよ」
「じゃあ、一緒に行かない?」
 二人同時に言ってしまって、私たちは視線を交わして笑った。
「考えること一緒だね。見事にはもってたよ」
 が楽しそうに笑う。
「そうね」
「じゃあ行こっか」
 頷いて、私たちは学校へ向かった。



、明日って何時に集合だっけ?」
 明日は卒業式後、演劇部のお別れ会が予定されている。
 卒業式で体育館は使用されるから、想い出深いけれどステージは使用できない。だから部室でお別れ会をすることになっている。演劇部はほかのクラブに比べて、部室が大きい。それは衣装や小道具が多いから、それらを収納できるようにと教室を使用しているからだ。
 でも私は参加する予定はない。参加したくないんじゃない。参加したくてもできないから。
 けれど、そのことはに話していなかった。
 お別れ会のことだけじゃなくて、留学のことも言っていない。
 周くんはとても大切で大好きな人だけど、もそうだから言えないでいる。
 私がイギリス留学することを知っているのは、担任と部活の顧問、両親だけ――。
「2時に部室よ」
「ありがとう」
 そして、はふと思案気な顔を私に向けた。
 彼女の視線に答えるように首を傾ける。
「今日ってさ、お昼には終わるよね?」
「終わるんじゃない?」
 意味がわからなかったけど、思ったことを言った。
「ちょっと提案があるんだけど」
「なに?」
「学校が終わったら、みんなでお昼を食べに行かない?」
「それはいいけど、みんなって?」
「私とと国光と不二君よ。たまにはいいでしょ?」
 今まで何度かこのメンバーで食事に行ったことがある。
 そして、ふと思い出した。
 去年の秋頃、放課後の部活が終わってから四人でファミレスに行ったことがあった。
 文化祭の翌日ということもあって、みんなで文化祭のことで盛り上がった。気づいたら9時を回っていて、急いで家に帰ったんだった。
 夜遅くなったからって、周くんが家まで送ってくれたっけ。
「―――る? ったら!」
「えっ…?あっ、ごめんね。 みんなでお昼食べに行くの久しぶりだし。行こっか」
 が嬉しそうに笑う。
「お昼が楽しみだわ」
「うん、私も」



 卒業式の練習が終わって、私達は青春台駅から少し離れた場所にあるファミレスに向かった。
 正午を過ぎたばかりだったけど、平日ということもあってそれほど混んでいない。店に入ってすぐに私たちは席に案内された。
 私の左側には周くん、向かいの席には、彼女の隣に手塚君が座った。誰が言うこともなく、自然とそう座るようになっていた。
 それぞれに食事を頼んで、温かい料理を楽しみながら色々な話をした。
 部活のこと。
 授業のこと。
 テストのこと。
 体育祭のこと。
 文化祭のこと。
 修学旅行のこと。
 そして、明日の卒業式のこと。
「あーあ、もう卒業だなんて…。三年間なんてあっという間よね」
 がしみじみと言った。
「そうだな。長いようで短かった気がする」
「へぇ、手塚がそういう事を言うとは思わなかったよ」
 周くんがクスッと笑うと、手塚君は眉間のしわを深くした。
「不二、俺をなんだと思ってるんだ?」
「何って…大事な友人だよ。色々な意味でね」
「そうか」
 周くんの言葉を聞いた手塚君は切れ長の瞳を細めてフッと笑った。
 そしてそれに周くんも笑い返していた。
 二人のやりとりを見ていると、手塚君に向けられていた周くんの視線が私に向けられた。
、どうかした?」
「え?なにが?」
「何も話さないでいるから、どうしたのかなって」
「不二君、違うわよ」
 私が口を開くより先に、が楽しそうに笑いながら否定した。彼女は面白いものを見つけた子供のように、瞳を輝かせている。
は不二君に見とれてたのよ。で、不二君と仲良く話してる国光に妬いてたのよね」
「は…?」
 突然の事態に思考がついていかない。
 周くんに見とれてたって…手塚君に妬いてただなんて。
 どうしてそうなるの?
「ごめんね、。気づいてあげられなくて。でも心配しなくていいよ。僕は君しか見えてないから」
 周くんはフフッっと笑って、私の頬に軽くキスをした。
「大好きだよ」
 顔が一気に赤くなっていくのがはっきりわかる。きっと耳まで真っ赤だ。
 公衆の面前で頬とはいえ、キスされたのが恥ずかしくて俯いた。
「……をからかってばかりだと嫌われるぞ」
 溜息交じりの手塚君の声が聞こえた。
「嫌われるのは私じゃなくって不二君の方じゃない?」
「どうして僕がに嫌われないといけないのさ」
「だって、人前でキスしたじゃない」
「不安にさせたくないからだよ。だから、嫌われるとしても僕じゃない」
 そんな会話が耳に飛び込んでくる。
 恐る恐る顔を上げると、向かいに座っていると目が合った。
「ね、。そうよね?」
 聞かれても、すごく困るんだけど。
 どうしていいかわからなくて、思わず手塚君を見た。
、そのくらいにしておけ。不二、お前もだ。二人ともに嫌われたくないなら、少しはおさえろ」
 手塚君は深い溜息をついた。
「はーい。 ごめんね、
 手塚君の一言ってこんなに効果があるんだな、なんて全く関係のないことを思った。
 一方、周くんは。
「無理だよ。が可愛いからキスしたくなっちゃうんだしね」
 彼は挑戦的な笑みを顔に浮かべて、手塚君に向かって言った。
「……場所は選べ」
 手塚君は諦めたような表情をしていた。



 それからしばらくの間、また話をした。
 そして、夕日が沈み始めて空がオレンジ色に染まった頃、私たちはファミレスを出た。
 は手塚君と一緒に帰っていった。二人は私の家とは正反対の方角だし、時間が遅いこともあって手塚君が送っていくことになったから、ファミレス前で別れた。
「僕たちも帰ろう。家まで送るよ」
「うん、ありがとう」
 夕闇の中を手を繋いで、鮮やかな夕日を見つめながらゆっくり歩く。
 とても穏やかで、優しい時間。
 周くんの手は温かくて優しくて安心する。

 ずっと傍にいたい…
 彼の隣で温かさと優しさと鼓動を感じていられたら、どんなに幸せだろう

 甘えるように頭を彼の二の腕にもたれかけ、見た目より逞しい腕に腕を絡めた。
「クスッ、どうしたの?珍しいね」
「急に甘えたくなったの」
「淋しくなった?」
「そうかも…。明日は……」
「明日は?」
「卒業式ね」
「ああ。朝迎えに行くから、一緒に行こう?」
「うん、待ってる」

 家までの道のりはあっという間だった。
 あと数時間で、明日になってしまう。
「おやすみ、
「おやすみなさい。送ってくれてありがとう」
 背伸びをして、周くんの唇にキスをした。
 軽く触れて離れようとしたら抱きしめられて、キスされた。
 繰り返される熱いキスに溺れていく。
 玄関前であることを忘れて、ただ彼を感じていた。


 これが最後のキスかもしれないから
 抱きしめてくれる腕の強さを
 唇の熱さを
 囁かれる愛の言葉を

 どこにいても覚えていられるように――




NEXT>>

BACK