もうすぐ手が届く あの時の約束通り 僕は君を迎えに行くよ ―― 大切な人〜you still love〜8 開式の言葉に始まり、卒業式はプログラム通りに進められていく。 諸先生方、来賓の方の挨拶 校歌斉唱 卒業証書授与 学園長の祝辞 送辞 答辞 そして、閉式の言葉で卒業式は終了した。 卒業証書を手にして教室へ戻ると、今日で高校を卒業するのだという実感がますます強くなった。 三年間という時間を過ごした校舎とも、これでお別れ。明日からこの教室に足を踏み入れることはない。様々な想いが詰まった想い出の場所。 式の始まる前に「泣かない」と言っていた英二は、案の定式の最中から泣いていた。今も真っ赤な目をしていて、無理して笑っているのがわかる。 「英二、大丈夫?部活の送別会で泣き出さないようにね」 「大丈夫、大丈夫。泣いたりしたら桃とおチビに何言われるかわかんないもんね」 言って、英二は笑ってみせた。式で泣いたことはすっかり頭から抜け落ちているようだった。 そんな彼に苦笑していると。 「周くん」 呼ばれて、声がした方へ視線を向ける。瞳に映るのは、愛しい彼女。 も泣いてしまったらしい。ほんの少し目が赤い。 「ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」 「いいよ」 「が教室に戻って来たら先に行ってるって伝えて欲しいの。手塚君のクラスへ行っててまだ戻ってこないけど、そろそろ時間だから」 時計を見ると、1時50分だった。 演劇部の送別会は2時からなの、と昨日の帰りにが言っていたのを思い出す。 「わかった。まだ教室にいるから伝えておくよ」 「うん、ありがとう。…周くん、大好きよ」 いきなりの告白に僕が驚いていると、くすっと小さな笑い声がした。 の顔をじっと見つめると、彼女はふわっと微笑んだ。 「じゃあね、周くん」 そう言って踵を返したの細い手首を咄嗟に捕まえていた。 「周くん?どうしたの?」 首を傾けて訊いてくるの声は、いつものように優しい。 それに僕は安堵して、掴んでいた手を放した。 「ごめん。君がどこかに行ってしまいそうな気がして。そんなことあるはずないのに」 彼女の表情はいつもと変わらないのに、どうしてそう思ったのだろう。 僕はに心配させないように、笑ってみせた。 「」 彼女の耳元へ唇を寄せて、だけに聞こえるように。 「愛してるよ」 囁くと、は頬を赤く染めてはにかむように笑った。 「私も…どこにいてもあなたが大好き」 甘い囁きと優しい笑顔を残して、は教室を慌ただしく出て行った。 教室に戻って来たにからの言葉を伝えて、僕と英二はテニス部の部室へ向かった。 部活を引退してから、体が訛らない程度に時々部活に参加していた。それは僕だけでなく、三年生全員がそうしていた。だから、久しぶりに入ったわけではない。けれど、これから先こうして部室に入ることなど滅多にできなくなる。 「それにしても、部長と不二先輩はスゴイっすよね」 オレンジジュースを片手に、桃が手塚と僕に話しかけてきた。 桃の側には英二と越前がいる。この光景もこれで見納めかもしれない。 「イギリスでしたっけ?」 好物のファンタを飲みながら、越前が言った。 「ああ、そうだ。 5月下旬から6月初旬にかけて行くことになっている」 「いいにゃ〜。俺も参加したいけど、選抜メンバーに選ばれなかったし」 テニスの短期留学の話を竜崎先生から聞かされたのは、日曜日のことだった。 家に電話があり、僕は学校に来るように言われた。 職員室を訪れるとそこには手塚がいて、僕たち二人は選抜メンバーの留学についての詳しい説明をされた。 「でも、三週間もイギリスに行くんですよね。先輩たち彼女さんには話したんスか?」 「おっ!桃、いいこと訊くじゃん。俺もそれに興味があったんだよね〜」 「俺も聞きたいっス」 「じゃあ、まずは手塚から!」 すごく楽しそうに言った英二に、手塚は眉間のしわを増やしながらも口を開いた。 いかにも「不本意だ」って表情だけど、部室の中に逃げ場はないと悟ったのかもしれない。 「には先程話をした」 「で、反応はどうだった?」 「……喜んでいたが…浮気するな、と言われた」 その言葉にみんなはどっと笑い出した。いかにもらしい発言だ。 手塚が浮気などできる性格でないことを、彼女は熟知しているだろう。それなのにそういう発言をするあたり、は手塚の反応を見て楽しんでいるとしか思えない。無論、手塚はわかっていないだろうけど。 英二はクラスメートである分、の性格を知っている。だからだろう、お腹を抱えて笑い転げている。 それに気分を害したらしい手塚が睨むと、英二は取り繕うように僕へ視線を向けた。 「ふ、不二はちゃんに話した?」 「いや、まだ言ってないよ」 「えっ?らしくないっスね」 桃が意外そうに僕を見た。それにクスッと笑みを返す。 「そう?を驚かせようと思ってね」 「不二先輩らしいっスね。でも、ほどほどにしないと泣かれますよ?」 不敵に笑って越前が言った時、携帯が鳴った。 「ちょっとごめん」 通話ボタンを押す。 「姉さん?」 「周助、大変よ!」 切羽詰まった声に眉をひそめる。姉さんが取り乱す所なんて、見た事がない。 それに驚いている間もなく、姉さんは言葉を紡ぐ。 「ちゃんが」 と聞いて、僕は冷静ではいられなくなった。 姉さんの様子からして、彼女に何かあったとしか考えられない。 「に何かあったの!?」 何事かと驚いたみんなの視線が僕に向けられたのが気配でわかった。 でもそんな事には構っていられない。 「周助、落ち着いて聞いて。――――――」 え?が? 嘘だ。そんな筈がない。 だって、僕は――― 「おい!不二!しっかりしろ!」 肩を揺すぶられ、僕はようやく携帯が手にないことに気がついた。 視線を下に向けると、床すれすれで英二がキャッチしていた。 「不二先輩、顔が真っ青っスよ!」 誰かの声がする。桃?それとも越前? 「不二、になにかあったのか!?」 「が…留学するって。 手塚、どうしよう。が…が…!!」 パシンと乾いた音がした。 「落ち着け」 「手塚?」 僕の頬を叩いた手塚を訝し気に見ると、彼は英二を指差した。 示されるままに英二を見ると、彼は僕の携帯を手に、真剣な表情で何度も頷いている。 「不二、由美子さんが学校まで車で来るって!ほら、急いで急いで!」 英二は僕に携帯を渡しながら言った。 「まだ間に合うかもしれないっスよ!」 「先輩、早く!!」 「駅まで走れば時間も短縮できる」 「そうだよ、不二。諦めたらダメだ!」 「きっと大丈夫ですよ」 「そうだよ、大丈夫だって。諦めるな」 「みんな……」 「健闘を祈っている」 「手塚」 「早く行け」 手塚に頷き、携帯を制服のポケットに押し込んで部室を飛び出した。 …! NEXT>> BACK |