瞳を閉じて想うのは、周くんのこと 優しい笑顔に隠された情熱を知ったのは 独占欲が強いと知ったのは 支えてくれる腕が逞しくて、とても安心すると知ったのは 温かい腕の中は、全ての不安が消えて行くことを知ったのは 耳元で熱い吐息まじりに囁かれる愛の言葉に泣いたのは 彼に愛されていると心の底から感じたのは こんなにも彼を愛してると気づいたのは いつだった? 大切な人〜you still love〜 9 もう動きだしてしまった。 時間は戻らないし、止まらない。 車の窓から見える景色がぼんやりしているように感じた。 涙が出ているわけじゃない。 目に見えている光景を意識して見ていないせいかもしれない。 でも、そんなことはどうでもいい。 誰よりも大好きで大切な人のことしか想っていない私には、意味をなさない。 彼が隣にいない景色には、色がついていないから。 ……約束守れなくてごめんなさい 彼とずっと一緒にいる――はずだった。 一緒にいたかった。 だけど離れないといけなくて、すごく悲しいのに涙が出ない。 泣きたいのに、泣けない。 卒業式が終わったあと、演劇部の送別会に向かう振りをして教室を出た。 には周くんから伝言を頼んだけど、そのまま学校を出ることができなかった。このまま学校を出たら、送別会に顔を出したに私がいないことがわかってしまうから。そうなったら、が周くんの所へ行くのは決定的。 私はとても卑怯なことをしている。わかっている。けど、それでも―――。 気持ちを落ち着けるために一度だけ深呼吸して、職員室のドアを開ける。 「三年間お世話になりました」 職員室にいる演劇部顧問の岸川先生を訊ねて、挨拶をした。 先生は一度だけゆっくり瞬きをして、それから私の顔を見つめた。 「お疲れ様。三年間、楽しかったわよ。むこうへ行っても頑張ってね。そしていつか舞台に立つ時が来たら教えてちょうだい。必ず駆け付けるから」 先生は少し悲しそうに微笑んだ。 うまくできなくて悩んでいる時とか、先生はこうして励ましてくれた。 先生は25歳で歳がそんなに離れていないから、一人っ子の私は姉のように慕っている。 とても優しくて面倒見がよくて、大好きな先生。 「はい、ありがとうございます。舞台に立てるように頑張ります。そして、先生をご招待しますね」 「ええ。楽しみにしているわ」 「はい。 先生、時間がないので行きます。あとのこと…」 「私が引き受けるから、安心して行きなさい。体には気をつけてね」 「ありがとうございます」 心から感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。 そして職員室を出てそのまま校舎を出た。 正門を出て、振り返ろうとした。でも、振り返ることなく私は家へ向かった。校舎を振り返ったら、立ち止まったら、動けなくなってしまいそうだった。 学校には想い出がありすぎて、嬉しいはずなのに悲しくて。 それを振り切るように、家までの道を足早に歩いた。 制服から動きやすい私服に着替えて、手荷物を詰めたボストンバッグを持って部屋を出る。 この部屋に戻ってくるのは二年後。振り返って部屋を見回し、忘れ物がないことを確かめてドアを閉めた。 平日だから空港まで電車で行こうと思っていたけど、両親に反対された。 ――見送りぐらいさせなさい。空港まで送るから お父さんが言ったのは、二週間前のことだった。そして言葉通り、私を送るために仕事を休んでくれた。 「、支度はできたの?」 階段を降りて一階のリビングに顔を出すと、そう訊かれた。 お母さんの表情はどこか淋しそう。私は一人っ子だし、二年も留学するのだから、淋しい気持ちがあるのも当然のこと。 留学の話をした時、お母さんは反対していた。でもお父さんは「がそう望むのなら、好きにやってみなさい」と言った。それもあって、私は根気よくお母さんを説得した。 今を逃したら、手に入れることができないから。 イギリスの演劇学校へ留学することを許してください。 そう言い続けた。 周囲の反対を押し切って留学をしても、後悔が残ると思ったから。 「うん、できた。 おまもりも持ったわ」 「そう。お父さんは車で待っているわよ」 言って、お母さんはにっこり微笑みながら。 「行ってらっしゃい。体には気をつけるのよ」 「え?お母さん一緒に来ないの?」 「ええ、見送りはしないわ。空港まで行ったら、あなたを行かせたくなくなるから。どんなに離れても、いつも見守っているわ。頑張りなさい、」 「うん…うん。ありがとう、お母さん。行ってきます」 私はお母さんに笑顔を向けた。とうぶん会えないのに、泣き顔を見せたくなかった。 踵を返してリビングを出ると、啜り泣く声が聞こえた。 私は振り返らずに、お父さんの待つ車へ向かった。 ――ロンドン・ヒースロー空港行573便の搭乗を開始致します ロビーにアナウンスが響いた。 「時間だな」 「行ってきます」 「気をつけて行くんだぞ。それから、少なくとも月一回は連絡をしなさい」 「はい」 首の後ろに手を回して、リングを通したものではないほうの銀色に輝く十字架のペンダントをはずした。 リングをつけたネックレスは大切なおまもりだから、彼が誤解するといけないから、はずせない。 だからかわりに私がずっと大事にしている十字架のペンダントをはずした。それを掌に乗せて、お父さんに差し出した。 「お父さん、お願いがあるの。もし周くんがここへ来たら、これを渡して欲しいの」 お父さんは眉をひそめた。 「周助君に話してないのか?」 それにコクンと頷く。 「どうしても言えなかったの。だから手紙を出したわ」 「そうか」 お父さんは息を吐き出しながらそう言った。 差し出された掌にペンダントを手渡す。 「周助君が来たら渡せばいいんだな。ほかに伝えることはあるか?」 その言葉に左右に首を振った。 伝えたいことは、私の気持ちは、全て手紙に書いたから。 私の想いの全てを、彼には伝えたから。 どこにいてもあなたが大好き 最後の最後に周くんに言えたから。 だから、ない。 「大丈夫。それを渡してくれればいいわ」 それでわかって欲しい――ううん、わかってくれるって信じる。 「わかった」 「お願いします」 「元気に頑張りなさい」 「はい。じゃあ、行って来ます」 精一杯の笑顔を作って言った。 そして搭乗口へ向かった。 不確かな未来を確実な未来に変えるために 夢を実現させるために―― NEXT>> BACK |