夢じゃないよね?

 幻じゃないよね?

 優しい笑顔は触れても消えないよね?

 もっとあなたを見つめていたいのに

 涙が止まらない――




 大切な人〜 you still love 〜 15




 何度も夢に見た優しい笑顔が目の前にある。
 優しい眼差しが私の心を捕らえていく。
「……しゅ…くん…っ」
 彼を見つめると、彼も私を見つめ返してくれた。
 そして、とびきりの優しい笑顔で。

 愛してるよ

 彼の声が聴こえた気がした。
「…わた…も………てる」
…」
 心配そうな青い瞳が私を見ていた。
 いけない。エスターを心配させちゃった?
「ごめんね、平気よ」
 答えると、エスターは困惑した表情で眉を顰めた。
「傍に行かないの?」
 その言葉に首を横に振った。
「迷惑になったら嫌だから」
 エスターは呆れたように溜息をついた。
「あのね、どこの世界に恋人に声をかけられて嬉しくない人がいると思うの?あの人はしか目に入ってないように見えたわ」
 エスターの言いたいことはわかる。
 でも、これから試合なのに、彼の精神を乱しちゃいけない。
 それに、多分――。
「……団体行動は乱せないって思ってるんだと思うの。だから今はいいの」
 彼が恋しくないわけじゃない。
 彼の胸に飛び込みたくないわけじゃない。
 できることなら、抱きしめてキスして欲しい。
 でも、それは今じゃない。
がそこまで言うなら仕方ないわ。だけど、試合が終わったら不二君の所に行くって約束しなさい」
「エスター?」
 どういうこと、と首を傾げる私にエスターはクスッと笑った。
「不二君に夢中になってて、私たちの話が聞こえてなかったでしょう?あのね、日本選抜チームは午後は観光らしいわ」
「観光?」
「ええ、観光ですって。ね、レイ?」
「ああ、そう聞いているぞ。…っと、そろそろ戻らないとマズイな」
 エスターに答えて、レイさんは選手たちの中へ戻っていった。
「さっきの彼の様子からすると、が行かなくても自分からこっちへ来そうだけど。離れていた分思いっきり甘えるといいわ。きっと彼もそう望んでいるわよ。が愛しくて仕方ない感じだったもの」
 どう答えていいかわからなくて、ただ頷いた。
 すると、エスターは優しく笑った。
 彼女の優しさに今日は何度も助けられてる。
「ありがとう。 エスター、好きよ」
 エスターは瞠目して、それから笑った。
 私の言いたいことをわかってくれたみたいで、嬉しくて笑い返した。


「頑張って、周くん」
 コートに入る前に私に視線を向けた周くんに声援を送った。
 彼との距離は離れているから、声は聴こえないと思う。
 でも、彼は笑顔を浮かべて頷いてくれた。
 
 サイドラインぎりぎりのボールを返して。
 つばめ返しでカウンターを決めて。
 ダンクスマッシュを羆落としで相手コートへ返して。
 微かに吹き始めた風を見逃さずに、白鯨を決めて。
 ネット際のロブをスマッシュで決めて。
 ラストワンポイントを蜉蝣包みで決めた。
「ゲームセット。ウォンバイ不二」
 審判のコールが響く。
 試合は周くんの勝利。
 よかった、周くんが勝って。
 嬉しくて、顔に笑みが浮かぶ。
 周くんを見つめていると、色素の薄い瞳が私の方を向いた。

 ありがとう、
 勝てたのは君のおかげだよ

 周くんの唇がそう動いた気がした。
 だから彼に答えるように、言葉を風に乗せる。
「周くん、おめでとう」
 私の声は周くんに届いたみたいだった。
 彼の笑顔を見つめていると、再び唇が動く。
「………あ…と…で…?」
 繰り返すと、彼は肯定するように頷いた。
 あとで…って、このあとでということ、よね?
 彼の笑顔を見た時とは違う理由で、心臓がドキドキする。
 どうしよう…嬉しい…。
 嬉しいけど、私はどうすればいいの?
 彼に何を言えばいいの?
 嬉しいのに、何を言ったらいいかわからない。
 自分のことなのに。
「また考えこんでるわね、は」
「エスター」
「自分の気持ちを素直に言えばいいのよ」
「素直に言う?」
「そうよ。恋人に逢えて嬉しいでしょ?」
「うん」
「彼を愛してるのでしょう?」
「うん」
「だったらそう言えばいいわ」
 周くんに逢いたくてたまらなかった。
 どんなに離れていても、片時だって想わない時はなかった。
 私は周くんが大好き。誰よりも愛してる。

 ちゃんと口で伝えなきゃいけない。


 彼の試合が終わったあとシングルスが2試合行われた。
 そのあと選手たちがチームごとに監督の回りに集まっていた。
 もうすぐ終わるのかもしれない。
 ドキドキしながら待っていると、話が終わったみたいで円陣が崩れていく。


っ!」
 コートを囲むフェンスの扉を開けながら、周くんが私の名前を呼んだ。
 彼の所に走っていきたいのに、足が動かない。
 そのうちに彼との距離がどんどん縮まっていく。
、逢いたかった」
 安心できる腕が私の背中に回されて、ぎゅっと抱きしめられた。
 苦しいくらいの包容は、これが現実であることを告げている。
 また涙が溢れてきた。
 だけど、ちゃんと伝えなきゃいけない。
「ずっと…ずっと周くんに逢いたくてたまらなかった。あなたが好き…あ…愛してるの」
「僕もだ。を愛してる。君だけを愛してる」
 熱く耳元で囁かれて、更に強く抱きしめられた。
「……周くん」

 掠れた甘い声に、ここがどこであるかも忘れて目を閉じた。
 唇に柔らかなものが触れた。




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