温かく柔らかな体

 僕を呼ぶ可愛い声

 優しい笑顔

 君の全てがどうしようもなく愛しくて

 もっと君に触れたくなる




 大切な人〜you still love〜 16




 僕の試合のあと、残りの手塚、幸村の試合が終わった。
 試合前からの期待していたように、かなり勉強になる試合内容だった。
 チーム全員でクールダウンしてから、監督の所へ集まる。
「全員集まったな。では昨夜説明した通り、これより観光に行く。10分後バスに集合するように。以上だ。行ってよし」
 その言葉に返事をし、各々散っていく。
 僕は一刻も早くの所へ行くために走ろうとした。
 限られた時間の中、少しでも長くといたい。
「おい、不二」
 名前を呼ばれたと同時に、後ろから左腕を掴まれた。
「真田、何の真似?」
「そう睨むな。跡部からの伝言だ」
「跡部からの伝言?」
「よくわからんが、監督に話はつけておいた。夜10時までにホテルに戻れ、だそうだ」
 その言葉に目を瞠った。
 いつのまに根回しされていたんだろう。相変わらず食えない男だね。
 しかも自分で言いにこないあたり、跡部らしい。
「わかった。ありがとう、真田」
「いや。確かに伝えたぞ」
 そう言って真田が踵を返したと同時に走り出した。
 フェンスの外までの距離は遠くない。
 それなのになかなか距離が縮まらない気がする。


!」
 コートを囲むフェンスのドアを開いて、大切な人の名前を呼んだ。
 涙で潤んだ黒い瞳が、僕を見つめている。
、逢いたかった」
 細い体を腕の中に閉じ込めて、きついくらいに抱きしめる。
 触れても消えないことを確かめたかった。
 それに、彼女の望みでもあるから。
「ずっと…ずっと周くんに逢いたくてたまらなかった。あなたが好き…あ…愛してるの」
 嗚咽まじりの声が聴こえた。
 震える体で愛を伝えてくれるが、どうしようもなく愛しい。
「僕もだ。を愛してる。君だけを愛してる」
 囁いて、抱き締める腕に力を込めた。
 ずっと君に触れたかった。
 温かな体温を、鼓動を感じたかった。

 白い頬を両手で包み名前を呼ぶと、は目元を僅かに赤く染めて黒い瞳を閉じた。
 柔らかくて甘い唇に、触れるだけのキスを何度も落とした。
「逢いたかった。君に触れられなくて、気が狂いそうだった」
「しゅ――」
 僕の名前を呼ぶ前に、深いキスでの吐息を奪う。
 触れるだけのキスじゃ足りない。
 もっと深く、君に触れたい。
「……君の部屋へ行ってもいい?」
「私の?」
 驚いた瞳で見上げる彼女の頬に、触れるだけのキスを落とす。
「何もしないよ。ただ君と二人きりになりたいんだ」
 君の声を聴いて、傍にいられればそれだけでいい。
 君を抱きしめて、温かい体温を感じられる距離にいたい。
「……私も周くんといたい。だけど…」
 言葉を濁すが言いたいことはわかった。
 だから安心させるために笑った。
「単独行動を許してもらったんだ。朝までは無理だけどね」
「えっ、本当?」
「うん。だから、いい?」
「うん」
 は黒い瞳を潤ませて、嬉しそうに笑った。



 テニスコート近くのバス停からバスに乗って15分。が暮らしている寮から数分の所だというバス停で降りた。
「静かな所だね」
 ここでは生活しているんだ。寮とはいえ一人で暮らしていると思うと、胸が締め付けられる。
 でもは夢を叶えるために、この道を選んだ。
「……ずっとね…悩んでいたの」
 こぼれた呟きに、繋いでいる手に力を入れる。
 彼女の言う悩みは、留学のことに違いない。
 が今も悩んでいるのなら、その心配はないことを伝えないとダメだ。
「心配しなくていいよ。君の気持ちはちゃんと受け取ったから。僕が愛しているのは、君だけだ。それは何があっても変わらない」
「……うん」
 泣き出す手前の表情で、は微笑んだ。
 僕はに微笑み返して、少しだけ彼女の手を自分の方へ引き寄せた。

「…ここが私の住んでる部屋よ」
 レンガ色をした石造りの建物に入り階段を上って、二階の一番奥の部屋。
 が玄関を開けて、僕に上がるように薦めてくれた。
「僕の写真?」
「あっ!」
 キッチンのテーブルの上にあったフォトフレームを手に取ると、慌てたような声が耳に届いた。
 を振り返ると、恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
「フフッ。ありがとう。すごく嬉しいよ」
「えっと…あ、こ、紅茶淹れるから座って?」
 は誤摩化すように言って、ガス台へ向かう。
 僕は細い腕を捕まえて、華奢な体を後ろから抱きしめた。
「君の淹れる紅茶は好きだけど、今は紅茶より君を抱きしめていたい」
 耳元で囁くと、の耳が真っ赤に染まった。
 返事はなかったけど、首が縦に振られた。
 は僕の腕の中で華奢な体を反転させて、僕の胸に顔を埋めた。
「……周くんの香りがする」
の香りがするよ。優しくて甘い香りがする」
 艶やかで柔らかい黒髪に指を絡ませてそっと梳く。
 すると、の細い腕が僕の背中に回された。
「…もっと……傍にいきたい」
 もっと傍に?
 微かに震えたの声と体。
 黒髪から僅かに見える耳は、真っ赤に染まっている。
 を抱きたくないと言えば嘘になる。
 だけど、離れていた分コントロールできる自信がない。
「……嫌って言っても、やめてあげられない。それでもはいいの?」
 小さく頷いたの細い体を抱き上げて、ベッドが見える部屋へ足を向けた。



 僕の名前を呼ぶ甘い声

 桜色に染まっていく華奢な体

 首に回される細い腕

「……、もっと僕を呼んで」




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