「ただいま」

 学校から帰った周助が玄関の扉を開けると、そこに由美子がいた。

「おかえり、周助。ちょっと相談があるのだけど」

 そう言って彼女は微笑んだ。
 微笑んだといっても、何か企んでいるような、そんな笑顔だが。

「イヤだって言っても聞かないくせに。 相談って何?」

 半ば諦めた口調で、一応は訊くよ、と言外に告げると、由美子は笑みを深くした。
 
「月末の31日、空いてるでしょう? パーティに参加しない?」

「パーティ?」

 スニーカーを脱ぎながら、由美子の言葉に耳を傾けていた周助は、訝し気に問い返した。
 すると、周助とは正反対に、由美子は楽しそうに微笑みながら。

「ええ。 大学時代の友人たちとホテルのホールを借りてハロウィンパーティをすることになってね。
 周助も ちゃんと参加しない?」

「・・・目的は ?」

「あら?分かっちゃった?」

 そう言いながらも、由美子は周助が言うことを予想していたのだろう。
 言葉に驚きは一切含まれていない。
 それどころか声は弾んでいるようにも聞こえる。

「僕が分からないワケないだろ」

 由美子は本当の妹のように、 を可愛がっている。それこそ周助がヤキモキするほどに。
 家族と恋人の仲がいいのは良い事であるが、周助としては面白くない。
 周助はいつでも を独占していたいのだ。
 けれど。

「フフッ。 じゃあ決まりね」

「まだ返事をしてないけど?」

「あら、参加しないの? それなら ちゃんだけ誘うわ」

「僕も行く」

 即答だった。
 由美子なら だけを誘いかねない。いや、むしろやってのけるだろう。
 これが誘導なのは分かっているが、行かないワケにはいかない。
 それに、 にあることないことを吹き込まれても困る。
 乗り気ではないが、 が絡むとなると話は別だ。






 

桜色円舞曲





 

 10月31日。
  と周助は由美子の車の運転する車で会場に向かった。
 まもなく太陽が沈み、夜になるまでそう時間はかからないだろう。
 そんな刻限に、車はホテルの地下駐車場に入った。
 車から降りた三人は地下駐車場からエレベーターに乗り、ホテルのロビーがある一階へ向かった。
 会場である『鳳凰の間』は五階にあるのだが、ホテルはセキュリテイーの関係上、一度ロビーに出ないとホールや客室へと行けないつくりになっているからだ。
 一度エレベーターから降りて、ホールや客室へ行くことのできるエレベーターに乗り換える。

ちゃん、周助、こっちよ」

 周助は をエスコートしながら、淡い緑色のロングドレスを纏い、レースのショールを肩にかけた由美子の後に続いた。
 

 大きな白い扉を開けると、すでにそこではパーティが始まっていた。
 ホールにはショパンのピアノ曲がかかっていて、すでに多くの人が集まっていた。
 女性は個性的できらびやかな衣装を身に纏っている。
 そして、男性は黒いタキシードを着て蝶ネクタイかネクタイを絞めている。
 ホールのあちこちで何人か集まって、それぞれが談笑している姿が目に映った。
 室内にいくつか点在している大きな円卓には、ハロウィンらしく淡いオレンジ色のクロスが掛けられている。そしてテーブルの中央には、様々な大きさのカボチャが飾られている。
 料理はオードブル、サンドイッチやスコーンなどの軽食、旬の果物がたくさん用意されている。
 アルコールの入ったカクテルなどの酒類やソフトドリンクは、ウェイターから受け取る形になる。
 

「由美子、遅かったじゃない」

 由美子の友人の一人が彼女の姿を見つけて声をかけた。
 声をかけた女性は、由美子の後ろにいる二人に目を止めて、首を傾けた。

「由美子、後ろにいる二人は?」

「弟の周助と、周助の彼女の ちゃんよ。
 人数が増えてもかまわないって川崎君が言っていたでしょう。だから誘ったのよ」


「こんばんは、周助です。姉がいつもお世話になっております」

 胸元に手を添えて、周助が優雅に挨拶をする。
 慣れているのかその仕種はとても自然で様になっている。

「こんばんは。私は由美子の友人の永井咲良よ。ゆっくり遊んで行ってね」

 咲良はそう言うと、周助に向けていた視線を に向けた。

ちゃんもゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」

  はフワッと微笑んで、おじぎをした。
 すると咲良は の細い身体を抱きしめた。

「きゃ〜、可愛い〜。連れて帰りたいわ〜」

「やっぱり咲良もそう思うわよね〜。でもね、早く離れた方がいいと思うわ」

「え?どうして?」

 由美子の言葉に咲良が首を傾けたのとほぼ同時に、その理由は明らかになる。

は僕のですから、誰にも渡すつもりはありませんよ」

 やんわりとした口調で、 を抱きしめている咲良に言った。
 けれど、周助の色素の薄い瞳は「 から手を離せ」と雄弁に語っている。
 彼の視線に気付いたのか、細い身体を拘束していた腕はいとも簡単に離れた。

(やっぱり。 ちゃんが絡むと誰だろうと容赦ないわね)

「姉さん、何か言った?」

「何も言ってないわよ」

 由美子は周助の言葉をたやすく交わし、友人に視線を向けた。

「ごめんね、咲良。どうしようもない弟で」

 咲良は何も言えずに、ただ苦笑した。
 そしてそんな二人の傍らでは、周助がしっかりと を抱き寄せていた。














 一時間後、由美子の友人たちからようやく解放された と周助は、会場の隅へ移動した。
 ホールからバルコニーへ出ることもできるのだが、この季節では肌寒く、風邪を引くことも予想できるので、二人はホールに留まることにした。
 周助はタキシードにネクタイであるから、さして寒くはない。
 けれど、 はミニスカートのドレスを着ている。袖のないノースリーブのドレスだから、上に周助の上着を着せても、あまり温かくはないだろう。
 もっとも、周助が上着を に着せたら、 が周助を心配することが容易に想像できるから、そういった行動をしたくてもできなのだが。
 

、喉乾いたでしょ?」

 集まってきた由美子の友人たちに、 はもちろん、周助は質問攻めだった。
  は周助よりも話し掛けられていたので、おそらく喉が乾いているだろう。
 そう思って周助は に訊いた。
 すると彼女はコクンと頷いて。

「うん、少しだけ」

 そう答えた に周助はにっこりと笑いかけて。

「何か貰ってくるからココにいて。動いちゃダメだよ?」

 会場に入った時から牽制をかけていたから大丈夫だとは思うのだが。
 万が一ということもあるかもしれない。

「うん」

  の返事を聞いて、周助はドリンクを配っているウェイターの所へ向かった。
 残るような形になった は、ここに入った時と同じように、室内を見回した。

「・・・由美子さんもだけど、みんなキレイな人ばっかりね」

 目の前を行き交う女性たちはみんなキレイで、 はため息をついた。
 自分より年上の女性ばかりだから、仕方がないとは思うが、あまりにもキレイな人ばかりで、自分は場違いなのではと思ってしまう。
 由美子の友人だという人が縫ってくれた淡いピンク色のミニドレスを纏った自身を見降ろす。
 大きく開き過ぎていない胸元には、ドレスの色より少し濃い目の色で作られた小さなバラのコサージュがついていて、膝より少し長めのスカートはフレアになっている。
 ドレスの形はデザインした人が のイメージに合わせて作った、と由美子から聞いた。そしてドレスの色は、恋人である周助が にもっとも似合う色だからと桜色を選んだとも。
 由美子と周助は、今日までドレスのことを には秘密にしていた。ただ、「ドレスは用意しなくていいよ。姉さんが に用意するから」と周助が言っただけで、手作りを用意するとは一言も告げていなかった。
 だから、ドレスを見た時はとても嬉しかった。気持ちが込められていて、とても可愛いドレスで嬉しかった。
 けれど、周りにいる女性たちとは違って子供っぽいような気がする。
 こういう風に思うのはみんなに失礼だけれど、そう感じてしまうとどうしてもそれが頭から離れない。
 でも、周助は黒いタキシードを見事に着こなしていて、動作も仕種もとても自然だ。
 会場にいる男性に混じっても、見劣らない。いまだってそうだ。
ホールにはたくさんの男性がいるのに、 から離れた周助がウェイターの所へ歩いていく様を見ている女性が何人もいる。
 周助が傍にいてくれたら、こんなことは考えもしなくて、楽しい時間になるはずなのに、彼が隣にいないだけでとても淋しく思えた。

(周くん、早く戻ってきて・・・)


 



「どうかしたの?」

 背後から聴こえた聞き慣れない声に振り向くと、 の頭ひとつ半ほど高い位置に顔があった。
 周助の身長は より頭ひとつ分高いから、周助よりも背が高い。
 どうして声を掛けられたのか分からない は、相手が何か言うのを待った。
 だが声をかけてきた男性は一向に話す気配がない。

「あの…何か?」

  は自分を凝視したまま喋らない男性を少し訝し気に思い声をかけた。
 すると、声に不信感が混ざっていたのか、目の前の男性は苦笑して。

「ごめん。そんなに警戒しないで」

 そう言われても、見ず知らずの人に警戒するなと言うのは無理な注文だ。加えて、 は初対面の人と話すのがあまり得意ではない。もっとも、同性や趣味の合う人など共通点がある人や、雰囲気の柔らかい人は平気なのだが。
 けれど、相手はそういったことに頓着しない人物らしい。
  はこういう自分本意な人は正直苦手なのだが、由美子の友人かもしれない人を無視することもできず、仕方なしに話に付き合うことにした。

「君さ、不二さんの連れてきたコだろ?」

「そうですけど…それが何か?」

「いや。可愛いコだな〜って・・・」
、待たせてごめん」

  に声をかけた男性の言葉を遮って、周助の声が割って入った。

「周くん」

 明らかにほっとしたように は息をついた。
 その様子に周助は色素の薄い瞳を細めた。そして男性を斜に見据えて。

「僕の連れに何か用が?」

 凍えるような目付きでそう言うと、男性は周助の纏う雰囲気に気押され、一歩後ずさった。
 男性が から離れると、周助は彼女を庇うように細い身体を素早く自分の背後へ隠した。
 
「用があるのなら僕が代りに聞きますよ?」

 口調は穏やかだが、それには明らかに怒気が混じっている。
 しかも、口元は笑みを象っているが、瞳は全く笑っていない。

「な、なんでもないんだ。気にしないでくれ」

 早口で言って、男性はそそくさと離れて行った。
 男性が十分離れたことを確認して、周助は後ろを振り返った。

「ごめん、

「ううん、大丈夫。ちょっと油断してたから…」

「油断?」

 周助が持ってきたグラスを渡しながら訊く。
  は差し出されたグラスを「ありがとう」とお礼を言って受け取った。
 そして、グラスに注がれたアイスティーを一口飲んで。

「周りの人たち…キレイだなって見とれてたの」

 黒曜石のように黒い瞳をそっと伏せて、 は沈んだように顔を曇らせた。
 周助はそんな の長く艶やかな黒髪を撫でるようにそっと手で梳いて。
 
はキレイだよ。僕が保証する」

 耳元で囁くと、閉じられていた瞳が開かれ、周助を捕えた。

は気付いてないみたいだけど、ココに来てから君は注目の的だよ」

「え?」

 不二由美子が連れて来た娘というだけで、注目されるには十分な理由で。
 しかも、その娘は愛らしく可愛い。
 緊張しているせいか頬は少しピンク色にそまり、笑った顔は花が咲くようで。
 会場に入った途端に、 に注がれる視線の数々に気付いた周助は、牽制の意味を露にするかのごとく、必要以上に に触れていた。
 彼女をエスコートしながらも、細い腰に腕を回したり、自分のものだと見せつけるように の黒髪を梳いたりと余念はなかった。無論、これにより周助が しか目に入っていないということの固持にもなる。
 そうすることで、 を見る視線の数々は反れたのだが、どうやら足りない輩がいたようだ。
 あれだけ見せつけていたのに、周助が の傍を離れた隙を狙ってくるのだから。

は僕の保証だけじゃイヤ?」

 問われて、 は即座に首を横に振った。

「ううん。周くんがそう思ってくれてるならそれだけでいい」

  はにっこりと微笑んだ。誰に言われるよりも、周助に言われるのが一番嬉しい。
 そんな彼女を愛しく思い、周助の秀麗な顔にも笑みが浮かんだ。













 月の位置が高くなってきた頃、パーティの終わりが近付いてきた。
 ホールにかかっていた曲が一端切れて、再び音楽が流れ出した。
 さきほどまで聴こえていたメロディとは異なるメロディ。

「Beautiful blue Danube」

「え?なに?」

 上手く聞き取れずに訊ねると、周助はクスッと笑って。

「姫君、私とワルツを踊ってくださいませんか?」

 周助が優雅に一礼する。
  はそれに瞬きをして。

「ワルツ?」

 周囲を見ると、会場にいるほとんどの人たちが手を取り合っている。
 視線を周助に戻すと、彼はにっこり笑って。

「うん、ワルツだよ。踊ろう、

 去年の文化祭で演劇部は『シンデレラ』を公演した。
  はシンデレラ役であったから、劇の山場である舞踏会シーンのために、必死にワルツを練習した。
 ワルツどころか、ダンスなど踊ったことはなかったので、いささか苦労はしたけれど、なんとか身に付けることができた。
 だが、踊れると言っても多少である。しかも、いまかけられている曲はヨハン・シュトラウス作曲の『美しき青きドナウ』だ。劇で使用した曲よりテンポが早い。
 だから迷ってしまう。差し出された手を取っていいかどうか。取りたい気持ちは十二分にあるものの、曲のラストまで踊り続けられる自信がない。

「私、あんまり踊れないの」

「僕がリードするから」

「足を踏んじゃうかもしれないわ」

「大丈夫だよ。僕がついてる」

「・・・・うん」

 差し出された手を取ると、周助は細い手を包み込むようにそっと握った。
 ホールの中央に出て、二人は滑るように踊り出した。

 三拍子のリズムに合わせてステップを踏む。


 左足からクローズド・チェンジ
 ナチュラル・ターン
 右足からクローズド・チェンジ
 リヴァース・ターン
 チェック・バック


「ねえ、周くん」

 ナチュラル・ターンをしながら、 は周助を見上げた。
 そして、不思議そうに首を傾けて。

「ワルツ、どこで習ったの?」

  が多少まごついても、周助は戸惑う事なくリードしてくれる。
 それがとても不思議だった。

「パーティでワルツがあるから覚えなさいって言われてね」

「由美子さんに教えてもらったの?」

「姉さんからはステップだけね。あとはビデオを見て練習したんだ」

「それだけで?」

 ステップを踏むと、桜色のドレスの裾が揺れる。
 ターンする度に、黒髪がふわりと舞う。
 周助はそんな を優しく見つめながら、言葉を紡ぐ。

「うん。だって、 以外の人と踊っても意味ないでしょ」

 にっこりと微笑んで言われて、 は白い頬を瞬時に赤く染めた。
 そんな彼女がとても愛しくて、周助は華奢な身体を抱き寄せた。
 
「フフッ、可愛い」

「な、なに言って…っ」

 赤く染まった頬で慌てる が増々可愛くて。
 周助は抱き締める腕に少しだけ力を込めた。

「大好きだよ、

 言って、周助は柔らかい唇を掠め取った。


 




 

END

 

前回アップしたドリームを修正・加筆したら…あはは;
砂糖菓子に蜂蜜と黒蜜とメイプルシロップをかけたような甘さになってしまったような(気のせいか?)
修正・加筆前のドリームに興味のある人は『END』からどうぞ。
そして、「もっと甘いものが読みたいわv」という人はドリームのタイトルをクリックすると…
オマケが読めちゃったり(笑)


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