そうして不二に連れられて着いたのは、植物園だった。
 電車で一時間ほどかかるのだが、初めて不二とデートした場所であり、また気に入っている場所なのでは嬉しかった。
 
「周助、チケットがまだ…」

 向かって右手側にチケット売場があり、左手側に入園口がある。
 当然のように右側へ行くつもりだったは、戸惑って不二に声をかけた。

「あ、ごめん。言ってなかったね。チケットはあるんだ」

 不二が財布からチケットを取り出してに見せた。
 それを見て不思議に思い、が首を傾ける。
 この植物園の入園件は前売りなどはなく、当日購入しか取り扱っていない筈。
 それともしばらく来ないうちに変わったのだろうか。

「友達が譲ってくれたんだ」

「えっ?」

 が驚くのも無理はない。
 これだけの施設となれば、当然維持費がかかる。だから入園料もそれなりで、学割があっても4000円近くかかる。
 けれど、開園から閉園までと時間制限はなく、どのエリアを何度見てもいいし、施設内の飲食店で割引してくれる店もある。

「ネットの懸賞で当たったらしいけど、僕がここを好きなのを知っててくれたんだよ」

「そうなの。なら、なにかお礼しないと申し訳ないわね」

「お礼なら僕がしておいたから、大丈夫だよ」

 チケットを不二に譲った本人――乾が聞いたら、お礼だったのかと突っ込みが入るに違いない。
 確かにお礼と言えなくはないかもしれないが、新作乾汁の試飲というのがお礼になるかどうかは疑問だ。

「それとチケットをくれたのは男だから安心して」

 にっこりと笑う不二に、は顔に出ていたのかと思わず頬に手を当てた。
 それを横目で見てクスッと笑ったが、不二はそれ以上は何も言わない。
 ただなんとなく妬いているかな、と思って口にしただけなのだ。
 それはどうやら当たりで、見抜かれたと思ったは気恥ずかしいのだろう。

「どこから見る?」

 入口をくぐり、フロアの別れる通路へ続く道を歩きながら、不二が訊く。
 
「そうね…薔薇が見たいわ」

 薔薇の最盛期は過ぎているが、薔薇の種類が豊富なここは、まだ見られる薔薇がある。
 花屋では見たことのない珍しい色の薔薇や、大輪の薔薇もある。

「じゃあそうしよう」

「その次はサボテンね」

 ふふ、と微笑むに不二は「わかった」と笑顔で頷いた。
 彼女の優しい気遣いが嬉しい。

 『薔薇の園』と名づけられたエリアに入ると、薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。
 エリアは半屋外のような造りになっているので、むせ返るほど強烈な香りではない。
 花に鼻を近づけてかいだ時の薫りが、いるだけでするような、そんな感じだ。

「…やっぱりキレイね」

 ただ薔薇を植えてあるだけではなく、薔薇ごとに品種名を書いた札が立っている。
 そして円柱に伸びるようにしてあったり、フェンスに這うようにしてあったり、アーチにしてあったりと様々な趣向を凝らしている。

「向こうもキレイに咲いてるね」

 不二の視線を追うと、淡いオレンジ色の薔薇が咲いていた。
 その薔薇で出来ているアーチをくぐりたいな、と思ったの心の声が聴こえたのか、不二に手を引かれた。
 近づいて見たアーチは一色の薔薇ではなく、同系色の薔薇で出来ていた。

、その下に立ってくれる?」

 繋いでいた手を離して不二が言った。

「どうして?」

「記念にを撮らせて欲しいんだ。いいよね」

 にっこり微笑む不二に、はコクンと頷く。
 不二は微笑んでいるのに、ダメとは言えない雰囲気がある。
 恐いわけじゃない。なのに、逆らえない。
 こういう不二も好きだと思うあたり、どうしようもないほど、彼に溺れている。

「うん、可愛く撮れたよ」

 何度かシャッターを切った不二は満足そうに微笑んだ。

「現像したら見せてね?」

「ああ、もちろん。一番に見せるよ」

 約束を交わして、二人は再び薔薇を愛でるべく、歩き出した。


「そろそろ食事にしようか」

 サボテンがある温室をゆっくり一周して、不二が訊いた。
 時計を確認すると、短針が1時を回っている。
 見るのに夢中になっていて、お昼のことなどすっかり忘れていた。

「ええ。次に見る所の近くがいいかしら?」

「そうだね。はどこを見たい?」


 が選んだのは――。




『自然の園』   
『噴水庭園』