Happiness Time



 昨日の夕方から降り始めた雨は早朝には止み、アスファルトに水溜りを作っていた。
 水が跳ねて靴や服を汚してしまわないように、水溜りを避けながら歩く。
 突き抜けるような青空とまではいかないが、雨の心配がない空が広がっている。
 念の為に確認したニュースの天気予報は、今日は晴れると言っていた。
 学生と社会人では互いの予定を合わせることは難しく、デートをするのはおよそ三週間振り。
 メールや電話で連絡を取り合っていても、一緒にいられる時間はあまりない。せいぜい夜に少し逢って食事をしたり、お茶をしたりとその程度。
 だから、一日一緒にゆっくり過ごせるというのは本当に久しぶりだった。


 彼がデートに誘ってくれたのは一昨日――金曜日の夜。

「日曜日、部活がオフになったんだ。だから、の予定が空いていたらデートしない?」

「本当?嬉しい。周助と出かけるの久しぶりよね。すごい楽しみ」

 不二に誘われて、は二つ返事で頷いた。
 予定はなにもなかったし、なにより不二と一緒にいたい。
 早く日曜日になって欲しい。
 そんなコトを考えていると、クスッと笑う声がした。

「周助?どうかした?」

「可愛いなって思っただけだよ」

「なっ…」

 白い頬を赤く染めているが想像できて、不二はフフッと微笑んだ。
 だがあまりからかってばかりいると拗ねてしまうので、すぐ話題を逸らした。

「じゃあ10時に駅前で待ってるよ」

「え、あ、うん」

「おやすみ、

「おやすみなさい、周助」  


 約束をしたのが二日前とは思えないほど、一昨日から今朝までの時間は長く感じた。
 まるで初めてデートの約束をした時のように嬉しくて、ぼんやりしている時はいつも不二のコトを考えていた気がする。

「…周助、なんて言うかな?」

 着ている服にチラっと視線を向けて呟く。
 彼と久しぶりにゆっくり逢える。
 そう思ったらお洒落に気合を入れすぎてしまったような気が、今更ながらしてきた。
 お化粧はいつもと同じで軽めに、けれど服がいつもと違う。
 
(ちょっと恥ずかしくなってきちゃった…)

 一週間程前、仕事の帰りに職場の友人と立ち寄ったデパートで衝動買いしてしまった洋服。
 それは可愛いくていいなと思っても、絶対に欲しいと思う程のものではなかった。
 けれど友人に「そういう服似合うんだから、着ないともったいないよ」と言われて、更に「ねえ、着て見せて!」と半ば無理矢理に試着させられた。
 服の色も好みだったし、似合うとまでいかなくてもおかしくないかなと思った。
 それでも購入を迷うが「が買わないから私が買ってプレゼントするわ」と言ったので、は買うコトに決めた。
 は言ったコトを絶対に実行するし、かと言ってプレゼントしてもらう理由がにはない。
 それに、いつもと感じが違う服もいいかなと思う。

 彼と逢える喜びにドキドキしているのか、この服を見た彼の反応を考えてドキドキしているのか、どちらなのかわからない。
 両方なのかもしれないと思うと、またドキドキが増えた気がした。

 駅に着くと、不二が先に着いていた。

「おはよう、

 首を傾けて微笑む不二に、ようやく落ち着いた心臓が跳ねた。

「…おはよう、周助」

 努めて冷静に振舞おうとしたが、気恥ずかしくなっては不二から視線を逸らす。
 頬も耳も、すごく熱い。

「…いいね」

「えっ?」

 は反射的に不二の顔を見た。
 胸元を飾る細く白いリボンがふわりと揺れる。

「そのワンピース、にすごく似合ってる。可愛いよ」

 不二の言うとおり、ワンピースはにとても似合っている。
 身体の線がはっきり出ない程度の細身のワンピースで、裾はふくらはぎの中程の長さ。淡い桜色が白い肌に似合っている。
 色素の薄い瞳を細める不二に、の頬が更に赤く染まる。

「あ…ありがとう」

 似合う。
 それは言って欲しいと思った言葉だけれど、実際に聞くと恥ずかしくて照れてしまう。
 別にこう言ってくれるのは初めてではないのに。
 今日はとても照れくさい。
 それを悟られたくなくて、は誤魔化すように口を開く。

「どこに行くの?」

「フフッ、着くまで秘密だよ」

 にっこり微笑む不二には行き先を訊くのを諦めた。
 どこに行くのか着くまでわからないのも案外楽しいかもしれない。



 名を呼ばれて差し出された手に、自分の手を乗せる。
 きゅっと優しく、でもしっかりと握られた。
 こんな些細なコトでも、幸せを感じる。
 それが伝わったのか、不二が柔らかく微笑んだ。


 そうして不二に連れられて着いたのは――。




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